ケイケイの映画日記
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2021年04月06日(火) 「ノマドランド」

こちらも本年度アカデミー作品賞にノミネートの作品。冒頭近く、主人公ファーン(フランシス・マクドーマンド)から、束の間に勉強を教えて貰った少女から「先生はホームレスなの?」と問われ、「ホームレスじゃないわ。ハウスレスよ」と答えます。この意味の深さを理解した後のラストシーンに、私は号泣するはめに。監督はクロエ・ジャロ。素晴らしい作品です。

ネバダ州の企業城下町に暮らしていた60代女性ファーン。リーマンショックの影響で職場が閉鎖。長年住み慣れた土地を失った彼女は、亡き夫との思い出の詰まった車で生活することを選びます。短期アルバイトでAmazonの配送センターに職を得た彼女は、そこで同じように車上で生活する女性リンダ(リンダ・メイ)と親しくなります。リンダから近くアリゾナで行われるノマド(遊牧民=車上で生活する高齢者)の集会に誘われます。

まず私が感じたのは、ファーンの秀でた人柄です。梱包、売り子、調理、清掃。短期で働く職場全てで、彼女は誠実に丁寧に仕事をこなします。そして行く先々で、自分がノマドの新参者で有る事から、周囲の人々に気を配り礼節を欠かさず、適度なコミュニケーションを取る。この協調性の高さなら、どこでも暮らせるのに、何故のノマドを選んだのか?でした。

自然の美しさ、荘厳さに身を委ねるような場面もあれば、荒涼たる場所、ノマド生活の厳しさを伝える場面の数々でも、ファーンの姿は孤独には見えず、孤高にさえ感じます。しかし彼女の表情には憂いが隠せず、それは金銭的なものには感じません。この生活をしたいとも、また嫌々している生活とも感じない。でも淡々では言葉が軽過ぎる曖昧な様子が、ずっと気がかりでした。

ファーンを心配する姉、同じノマドから息子夫婦と共に暮らようになったデイブ(デビッド・ストラザーン)の両方から、一緒に暮らそうと誘われるも、礼を言いつつ断るファーン。

ノマドのリーダー格の男性との会話で、初めて自分の心を吐露するファーン。そこには私の謎が判明します。ファーンが求めていたものは、亡き夫と築いた家庭です。姉は家族ですが、姉の家は姉夫婦が築いた家庭です。デイブがかつて使用していたキャンピングカーが、放置してあったのを見て、困惑していたファーン。息子夫婦は家族であっても、デイブと共に築いてきた家庭ではない。そこに順応しているデイブを見て、ファーンには嫌悪感に近い違和感があったのでしょう。

家はそこに住む人によってそれぞれ違い、誰も住まなければ、ただの箱です。夫とファーンが育んできた家は、今は荒れ果て、誰もいない。彼女が誰も知らないどこかに定住するとして、そこに夫との思い出はない。ファーン一人の家庭です。彼女の選んだ家庭は夫との思い出がいっぱい詰まった、改装した車なのです。だからどんなに古くても、手放す訳にはいかない。そこにファーンの亡き夫に対しての、切々とした愛が溢れていました。これが私の謎だったのだと思うと、ファーンと共に涙が溢れました。彼女は俗世界の息苦しさから、ノマドを選んだのではないのです。

二度のオスカーに輝く名女優、マクドーマンドが素晴らしい!超難関の役ですが、軽々と粛々とファーンを演じる姿には、感動しかありません。老いて益々好調なメリル・ストリープが、ハリウッドの王道を照らす太陽なら、フランシス・マクドーマンドは、インディペンデンス映画の漆黒の世界に、温かい光を射す月です。今回も三度目の快挙が観られますように。

ノマドのリーダーは言います。「ノマドにさよならはない。あるのは、”じゃあ、またね”」。いつかどこかで、彼らにとって大切な人に巡り会えますように。細やかな幸せを、祈らずにはいられません。


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