ケイケイの映画日記
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2018年10月23日(火) 「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」




超面白い!日本では公開の珍しいタイの作品。非常にスタイリッシュな映像で、カンニングと言う不正を、クライムサスペンスにまで仕立て上げ、格差社会、青春の光と影まで映し上げた作品。傑作と言っていいと思います。監督はナタウット・プーンピリヤ。

天才的な頭脳の持ち主リン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)。大人しい教師の父(タネート・ワラークンヌクロ)は、離婚して娘の成長だけが唯一の楽しみな人です。その心に報いようと、有数の進学校に特待生として転校するリン。早速クラスメートのグレース(イッサヤー・ホースワン)と仲良しになりますが、劣等性のグレースに同情したリンは、グレースにカンニングをさせます。ところがグレースの彼氏で、富豪の息子でやはり劣等性のパット(ティーラドン・スパパンピンヨー)が、この話しを聞きつけ、金を出すからカンニングさせてくれと、リンに頼みます。

冒頭の、リンが転校の際に奨学金を得るまでの、校長との丁々発止ヶで、まずニヤリ。相当頭が切れることを容易に想像させ、うだつの上がらぬ父親を愛するも、頼りなく思っているのも感じます。

カンニングが題材と言うと、フランスの「ザ・カンニング」シリーズが頭に浮かぶ私としては、こんなにスリリングに描けるなんてと、まず感嘆。靴の使い方、鍵盤を要した方法、そして世界を又に駆けての秘策。どれもこれも奇想天外、そして成功すれば、とても痛快です。不正なのに、何故痛快かと言えば、誰も傷つかないから。

しかしそこにお金が媒介すれば?これは立派な犯罪になるのです。リンの他に、この学校の特待生は、クリーニング店を営む母と二人暮らしのバイク(チャーノン・サンティナトーンクン)。裕福な子弟が多いこの学校で、経済的には恵まれていない二人が、成績ではツートップ。見返しているようで、結局は金にあかせたバカ息子バカ娘に踏み台にされ、彼らの優秀な頭脳は詐取されているのです。大人の世界の縮図が、そのまま子供たちに映し出されている。

リンとバイクが何故このような事に手を染めたか?そこには、親に楽をさせたい気持ちがあっただろうことは、明白です。私は巧妙な詐欺で捕まる輩を見る度、どうしてこんな明晰な頭脳を、もっと良い事に使えないのか?と謎だったのですが、リンとバイクを見ていると、なるほど、こう言う事かと納得します。悪しき方向に使う頭は、すぐ結果が出るけれど、良き方向に使う頭は、芽吹くまで時間が要るからです。でも親は、時間がかかる方を望んでいるはず。思いやる親子のすれ違いが悲しい。

どういう風に落とすのか?とハラハラドキドキしましたが、これが最高に見事なオチ。リンはきっと、うだつが上がらぬと思っていた父の、コツコツ真面目に生きてきた人生が、どれ程大変で尊いものかと、心の底から理解できた事とだと思います。

リン役のチュティモンが素晴らしい存在感です。それ程美人ではないのですが、伸びやかな肢体から発散する、若々しいクールビューティーっぷりは、不敵で無敵で超絶魅力的。なかなか日本では公開のないタイの映画ですが、彼女の出演する作品が公開されたら、是非観たいです。

最後に当初とは真逆の様相で、袂を分かつリンとバイクですが、そこには男女の差、父子家庭と母子家庭の違いがあるように感じました。同じ親としては、叱るだけ怒るだけが親ではなく、ラストの娘を見守るリンの父親の姿にこそ、親としての真髄があるのではないか?と感慨深かったです。

この作品が痛快だけで終わったならば、楽しいだけで薄っぺらな青春劇になった事だと思います。青春には光より、ほろ苦さが似合うもの。その苦さを味わった者こそが、誠実に輝ける人生を、歩めるものだと思うから。





2018年10月12日(金) 「若おかみは小学生!」




萌え系アニメのような作画、お子様ランチのようなタイトルに、これは縁のない作品かと思いきや、親愛なる映画友達の推薦により、観てきました。観れば納得。子供の視点、大人の視点、まんべんなく目配せしながら、何故自分は生かされているのか?脈々と続く縁(えにし)や責任を、お子さんたちにもわかり易く紐解いた、素晴らしい作品です。監督は高坂希太郎。

突然の交通事故のため、両親を失った小学校六年生のおっこ。小さな温泉旅館「春の屋」を営む、母方の祖母に引き取られます。旅館の後継者に、おっこの亡き母を期待していた祖母の気持ちを慮って、仲居のエツ子さんは、おっこに若おかみ修行を勧めます。実は「春の屋」には、おっこにしか見えない幽霊が住み着いており、日々おっこを叱咤激励してくれるのでした。

まず幽霊たちが、とても楽しい。彼・彼女らも子供である事で、人生を真っ当出来なかった哀しみが、そこはかとなく香ります。幽霊と言うと因果や因縁を感じますが、この子たちは人生を真っ当出来なかった分、自分の大切な人の役に立ちたい言う思いがある。これは、老いて亡くなった人も、同じ感情を草葉の陰で抱いていてくれるのでは?大切な人は、いつまでも見守ってくれているのです。この思いは、生を受ける者が苦境の時に、心の支えになってくれるはずです。

変わり者ばかりの「春の屋」の客。時には意見してしまい、女将としての心得が甘いと、祖母に窘められるおっこ。祖母は厳しくも温かい人で、急がず焦らずおっこの女将修行を見守りますが、根本的な間違いは、子供でも容赦なく叱ります。素晴らしい子育て。そしてその姿に、おっこの母の生前の姿も想像できるのです。

難儀なお客様が、皆癒されて帰って行くのは、おっこが子供だからではないでしょうか?子供とは、子供であるだけで、大人には希望です。大人が同じ様に誠実に励んでも、おっこほど、相手には届かなかったと思います。同じ立場の子供客も、自分の目線で一生懸命なおっこに、心を開いていく様子が嬉しい。小学生の女将修行と言う突飛な設定が、実に生き生き観客の心に響くのです。
祖母や春の屋の従業員にも、それは同じ事です。

おっこのライバルでクラスメートの真月。春の屋とは正反対の、老舗の大旅館・秋好旅館の跡取り娘です。登場時は「大草原の小さな家」に出てくる、裕福さをひけらかすネリーみたいな子かな?と思っていましたが、どうしてどうして。この作品に厚みを加えているのは、この子なのです。

ピンクのふりふりばかり着て、ピンふりと陰で呼ばれていますが、それは夢を売る旅館業の跡取り娘としての心意気です。子供ながら、薬膳料理の勉強に励み、あれもこれも、一歩も二歩も女将修行では、おっこの上を行く真月。それは幼い頃から、この大旅館を継ぐのは自分だと言う覚悟と自負です。自分はプレッシャーを跳ね除けて頑張っているから、おっこの甘さが許せないのですね。真月が吐露する一瞬の弱音を、彼女の両親は知っているのかしら?プレッシャーでガチガチになっている真月が、自分の人生と女将業を共存させられるよう、どうぞ見守ってあげて欲しい。

その他、同級生が秋好旅館の隆盛のお陰で、この温泉町が潤っている、云わば城下町のような状態なのを親から聞き、素直に感謝している描写も良かった。大人は子供たちに、その感情がまっすぐ育つよう、事実をしっかり伝えなければいけないです。

ラスト近くで宿泊するお客様には、おっこにはとても辛い因縁がありました。子供には背負いきれないそれを、孫を守るため替わって引き受けようとする祖母。大人は、かくあるべきです。しかしそれを跳ね返すおっこに、観客は女将修行の成長を観る事に。

この作品の秀逸さは、小学生の女将修行という子供には身近な設定で、世の中の道理、誠実さとは何か?良識とは?を教え、大人には容易に自分に置き換えて観られるのです。年齢に甘んじる事無く、変化を恐れず成長して行かねばなと、おっこに教えられました。怖いのは精神の老化なり。

私は旅行が好きで、近場ばかりですが、年に数回夫と出かけます。大きなホテルや旅館は苦手で、中規模から春の屋のような旅館が好きです。夏に出かけたのは天橋立で、10部屋ほどのここ。http://www.taikyourou.com/ 温泉も部屋も小さく、エレベーターもなかったけど、手厚く持て成して貰い、感激しました。ニコニコ顔の御爺ちゃんが、「お湯加減どうでしたか?」と尋ねられ、あぁこの方が焚い下さっているんだと、暫しお話したのも、良い想い出です。でもオムライスは作ってくれないかな(笑)。春の屋に似た旅館を探すのもいいなぁと、今思っています


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