|
fantasia diary*
ほどよくダラダラをモットーに。 アコギをゴロゴロ弾くように。
前 目次 次
|
2003年10月28日(火) 75permin
砂浜から煙が上がっていた。 うっすらと細く立ち上るそれは、繭をほぐすように、薄水色の空に溶けていった。 半身を砂にうずめた旧式のラジオが午前五時の時報を告げ、彼は抱えた魔法瓶の中身をとぽとぽとマグカップに注いだ。ホットココアは甘く、やや白けた空にぼんやりとした湯気を吐き出した。 (ああ、白い) その水蒸気が睫毛を濡らすのを感じながら、彼はその場に立ち上がり、今はただ燻る足元の燃え滓を見下ろした。煤けた流木は当然黒い。 (白い…) 視線を水面に滑らす。顔を出した朝日は少しずつ、波に混ざりこんでゆく。朝の光が揺れている。 冷え込んでつめたい風は緑色をしていて、いつか学校でかいだ、女の子のシャンプーの匂いがした。 彼は目を閉じることなく思い出す。それは記憶の存在を確かめたが、 薄水色を纏った誰かの髪を想像する以上のはっきりとした記憶は浮かび上がることはなく、 彼はかわりに旅に出て幾年になるかを思い起こすことに気を取られてしまった。 自分の年齢も不確かだが、最初の旅のときよりは彼は大人になった。 ホットココアの味はずっと小さな頃から変わっていない。 舌に乗る蕩けた味わいは、ひとりではこわばりがちな頬の筋を他愛ない甘みで温める。 シャンプーの匂いの風が通り抜けると、甘い匂いがすぐに鼻腔を満たした。 (不思議だな) 太陽はするすると半球を伝い昇り、波に混ざりこむ光は量を増す。 今こうしている間にも量を増す。 焚いた火の跡は煙を立ち上らせるのをやめていた。 手の中のココアはゆっくりと温くなり、もう湯気は立てない。 (65、66) 彼は同じようにゆっくりと、そのスピードで何かを数えていた。 ホットココアを注ぎ足し、冷えて悴む指先を温めながら、かちかちと鳴るその音を数えていた。 遠くで喋る女性キャスターは、毎朝同じ声でその日の天気を伝え、 (75) 75拍目まで数えた彼は勘定をやめた。 彼はマグと魔法瓶を砂に埋め、代わりに古ラジオを掴み上げる。 ボリュームのツマミを数度ひねって、音量を下げてから、 耳元で傾け、何度か振ると、カタカタと音がした。 今しがたまでラジオが埋まっていた斜めの窪みの、砂壁には海水が滲んでいて、 白いカニがその上を進んで行く。
|
前 目次 次
|