心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2012年12月03日(月) 仮面

懸案事項がいくつか片付いて、ホッとすることの多い週末でした。掲示板は相変わらずですね。

僕は「ぬるい」スポンサーだと言われています。スポンシーに厳しいことをあまり言わない優しいタイプだという意味です。でも、何も言わないわけではありません。先日もスポンシーにこんな話をしました。特に個人的な情報はないので、書いても構わないでしょう。

背の低い人はかかとの高い靴を履く。髪の毛の薄い人はカツラをつける。こんなふうに人は自分の欠点(欠点だと思っているもの)を隠そうとします。それは何も外形的なことに限りません。自分がわがままだと周りの人に思われたい人はまずいないでしょう。だから、わがままだと思われないように振る舞おうとします。自分にわがままな部分があることを自覚しつつ、それを隠そうとするのは、言わば心に仮面をかぶって、その下の欠点を覆い隠すことです。

こうした仮面は、人が社会の中で生きていくのに必要だから身につけたもので、誰でも多かれ少なかれやっています。必要があってやっていることであるのは、忘れてはいけないことでしょう。

自分に役に立っているはずの仮面ですが、時にはそれがその人の行動を縛ることがあります。仮面の下の醜い真実が見えてしまったら、自分は人から拒否されるのではないか、という不安に支配されてしまうことがあるわけです。こうした恐れが強くなると、自分を守ろうと仮面をより強く顔に押しつけ、仮面の下を見られないように一層気を使うことになります。それは極めて不自由で、安心のない暮らしを送ることになります。

あなたが周りの人に受け入れられたのは、あなたが完ぺきで欠点のない人間だったからでしょうか。それを考えてみて欲しいのです。仮面によって欠点を隠し通すことなどできはしません。靴やカツラをつけっぱなしにできないように、仮面もかぶり通すことはできません。仮面で隠し通せたと思っていても、実はその下の欠点や醜さは、周りの人にはモロバレであるものです。

近しい人たちはあなたの欠点が見えていたにもかかわらず、あなたを受け入れていたのではありませんか?

(もしあなたが、ミーティング会場から追い出された経験があるにしても、それは酔っ払って(酒に酔ったのか感情に酔ったのか知りませんが)ミーティングの進行を邪魔するという行為をしたからであって、欠点ゆえではないでしょう)

仮面で欠点が隠し通せるわけでもないし、欠点が見えたからとして近しい人に拒否されるわけでもない。神さまは完ぺきかも知れませんが、人間はそうではない。必ず欠点があるものです。お互いの欠点を受け入れあって生きているのです。

だからあなたに必要なのは、もっと人を信じるということです。先に言ったように、仮面は必要な道具ですが、そんなに顔にきつく押しつける必要はない。

もうひとつは、これはもっと大事なことですが、仮面で欠点を覆い隠せない以上、他の人の欠点が目立つこともあるでしょう。その欠点を持った人を受け入れることです。生まれてからずっと人にしてきてもらったことなのですから、それを他の人にしてあげることはできると思いますよ。

もちろん、書いた文章だからある程度まとまっていますが、話す言葉はもっといい加減です。また、言うにもタイミングがあることも学びました。少なくともスポンサーシップの初日に言っても仕方ありません。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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