心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2012年06月04日(月) ジェネリクかジェリネクか

AAのミーティングでは「ミーティング・ハンドブック」と呼ばれる16ページの冊子を使っているところがほとんどだと思います。これは日本独自の習慣で、他の国のAAではビッグブックを使っているところが多いそうですが、ともかく日本ではこの簡便な70円の冊子が愛されています。

この冊子はもう何年も改訂されていないので、メンバーの中には、この冊子の内容は変更できないと思っている人もいるようですが、以前は内容がずいぶん現在とは違っていました。

こんな図も掲載されていました。
アルコール中毒の進行と回復


これは、「ジェリネク・チャート」とか「ジェリネク・カーブ」と呼ばれる図です。図を作ったジェリネク博士(E. Morton Jellinek, 1890-1963)は20世紀半ばのアルコホリズム(アルコール依存症)の研究者として大変有名な人で、彼の功績は現在の医療にも大きな影響を及ぼしています(良い影響か悪い影響かはともかく)。

極めて研究熱心な人だったようで、最後の勤務地スタンフォード大学の研究室のデスクで絶命したという逸話が残っています。WHOのアルコホリズムに関するコンサルタントでもありました。

初期の日本のAAでは、AA以外の文書の翻訳を頒布していました。その中の一冊が『アルコール中毒という病気』という小冊子です。これはWHOのニューズレターをアメリカ・カリフォルニア州政府がパンフレットにしたものをピーター神父が手に入れ、日本のAAメンバーに紹介しようと訳出したものだそうです。すでに手に入らないので、こちらに掲載しています。

アルコール中毒という病気――アルコホリズムにいたる警告のシグナル――
http://www.ieji.org/archive/warning-signals.html

これはジェリネク博士の論文が元になっています。読めばジェリネク博士が、アルコホリズムをどう捉えていたかがよく分かります。彼はこの病気を「アルコールのコントロール喪失」であり「失ったコントロールを取り戻すことはなく、節酒は不可能で」「進行性で死に至る病気」であり、有効な治療を受け入れるためには本人が「底をつく必要がある」としています。これは、AAの主張と重なります。

ジェリネク博士は著書 The Disease Concept of Alcoholism の中で、アルコホリズムを5種類に分類しています。

α(アルファ)型:肉体的・感情的な苦痛に対処するために、アルコールの効果に頼っている。飲酒のせいで社会的な問題が生じているのだが、一方で(飲酒の原因となる)社会的個人的問題を抱えてもいる。いわば「問題飲酒者」。ジェリネクによれば、コントロールを失っておらず、本気で願えば酒はやめられる。「病気(としてのアルコホリズム)」とは言えない。

β(べーた)型:飲酒のせいで肝障害などの身体的な症状がある大量飲酒者。ほぼ毎日大量に飲酒する。しかし肉体的にも精神的にも依存しておらず、離脱症状もない。「病気(としてのアルコホリズム)」とは言えない。

γ(ガンマ)型:アルコールに対する耐性を獲得し、身体的に依存し(離脱症状があり)、コントロールを失っている。いわゆる「AA型のコントロールを失ったアルコホーリック」。ジェリネクによれば、このタイプこそ「病気」であり、アメリカ国内およびAAの中で最も一般的な存在。

δ(デルタ)型:γ型に似ている。コントロール喪失はないが、離脱症状があり断酒の難しいタイプ。状況によっては節酒ができる。

ε(エプシロン)型:他のどのタイプとも違い、周期的に大酒を飲む時期以外はまったく飲酒しない。いわゆる「渇酒症」。γ型の再飲酒とは区別が必要。

ジェリネク博士の研究はエビデンスに基づいたものだったとは言え、批判もあります。アメリカにおけるアルコール依存の研究は1940〜1950年代に進歩を見せていますが、それにはAAが発展したことにより、酒を断ったたくさんのアルコホーリクと面接することが可能になったという背景があります。

ご存じの通り、酔っ払いと話すのは骨が折れます。飲み続けている人にインタビューをしても得るものは少ない。きちんと酒をやめられた人たちの集団を相手にしたかったら、AAしかなかった。という当時の事情もあります。彼は数千人のAAメンバーと面接する研究から、AA型のアルコホーリックこそ、アルコホリズムという病気の本質であると結論づけることになりました。

彼はこの分類をすることにより、アルコホリズムにも多様性があることや、アルコホリズムという疾病概念がいたずらに拡大されることを防ぐ意図があったようです。しかし、彼の意図に反して、アルコホリズムはすべてγ型であるという解釈を広める結果になりました。

翻ってAAは、アルコホリズムは一つのタイプしかないという主張をしています。酒のコントロールを失い、そのコントロールは一生取り戻すことはなく、解決は断酒しかない(断酒を続けるために12ステップをやる)。一方で、酒でトラブルを起こしている人が、全員アルコホーリックだとも言っていません。

ビッグブックのp.31では、「大酒飲み」と「本物のアルコホーリク」を分けています。大酒飲みの中には酒をやめるのが困難で医者の世話にならなければ止められない者もいる、とあります。ジェリネク博士の分類で言えば、γ型以外のアルコホーリックでしょう。一方「本物のアルコホーリク」は、霊的な手段がないと助からないとしています。そして「本物のアルコホーリク」とは、シルクワース博士の描き出した「渇望現象」を持つ人たちを示しています。

僕は以前から、アルコールを乱用している人すべてに「アルコール依存症」とか「アルコホーリック」というラベルを貼るのはやめたほうが良いと主張してきました。境界性人格障害や統合失調症の人が症状としてアルコール乱用をするのは、いわゆるアルコール依存症の人たちの問題とは違っています。

また、ここ数年ビッグブックのやり方で12ステップを行っていると、明確な渇望現象を持たないAAメンバーの存在に気づかされます。自らの渇望の経験を捉えることができないということは、基本中の基本となるステップ1を理解することが難しい人たちです。

こうした「本物ではないアルコホーリク」がAAに存在していることに以前から気がついていた人もいたはずです。

一つは、DSMのような操作的な診断基準に従って、アルコール乱用があればその原因を問わずに「アルコール依存症」の病名を与え、自助グループを薦める医療機関の問題。もう一つは、12の伝統に従って「酒をやめたい」のなら誰でもメンバーになれるというAAの姿勢です。

僕は日本を訪れているシカゴのAAメンバーと一緒に食事をしたとき、「シカゴのAAにも本物じゃない人たちはいるか?」と尋ねました。相手の答えは「もちろんだとも」でした。でも、そういう人たちはAAに長居はしない。せいぜい2〜3年もすれば消えてしまうよ。だって他のメンバーと話が合わないからね。という話でした。

AAはメンバーになる条件として「酒をやめたい」という気持ち以外は要求しません。そうやって否認を伴いがちなアルコホーリックを幅広く受け入れられるようにしています。一方で、ミーティングではアルコールの問題を分かち合うことで、対象外の人たちがふるい落とされる仕組みになっているというわけです。少なくとも海の向こうの地では、そのふるいが有効に働いているようです。日本ではどうなのでしょう。

AAは12ステップを使って酒をやめ続ける団体です。その原則は変えることはできません。僕は5年ほど前からビッグブックを使った12ステップのやり方でスポンサーシップを行っています。その経験から、本物のアルコホーリック(ジェリネク博士のγ型)に対して、12ステップは極めて有効だと考えています。

しかし、前述のようにAAには本物ではないタイプもいます。ハッキリした渇望の経験を持たなかったり、別の原因で酒を飲んできた人たちには、12ステップの効果はあやふやです。むしろ別の方法のほうが良いこともしばしばです。薬物やギャンブルについてもおそらく同じ事は言えるでしょう。

最近では「これが12ステップの限界なのだ」と考えています。12ステップは有効な治療法です。しかし、どんな薬だって対象の病気以外には効きません。風邪の人に、高血圧や糖尿の薬を出す医者はいないでしょう。むしろ、「この薬はどんな病気にも効きます」と言えば、怪しい話になってしまいます。

今の日本で、12ステップの効果は過小評価されていると思います。伝言ゲーム的な述べ伝えによってプログラムが歪曲され曖昧化したのが原因でしょう。しかし、それだけでなく、対象をむやみに広げすぎたのもいけなかったのではないかと考えています。ビッグブックというテキストに忠実に、対象を絞って適用していけば、高い効果が得られて評価も変えられると信じています。

AAはどうあるべきなのか。本物であるかどうかを問わず、酒の問題を抱えた人を広く受け入れる団体になるべきなのか。伝統では「酒をやめたい」という願望さえあればメンバーになれるとしています。ただ、AAに詳しい人なら感じているでしょうが、AAの主張にはしばしば矛盾めいたことが含まれています。同じ12の伝統で、AAはアルコホリズムに苦しむ人を対象にしていると言っており、AAがアルコホリズムと言っているものは、単なるアルコール乱用とは違うものです。

AAは、12ステップ以外のやり方も取り入れて、本物以外でも、アルコール乱用者であればどんなタイプにでも有効な団体になるべきでしょうか。僕はそうは思いません。むしろそれは、本物タイプ(γ型)にも、それ以外にも役に立たない団体になってしまうと思います。「靴屋よ、なんじの本分をはみ出すな」です。

他のタイプは、他のやり方をする団体に任せて応援していけば良いのです。ビル・Wも書いているように、どんな酒飲みであれ「AAに来なかったという理由で発狂したり、死んでしまったりしていいわけではない」のです。同じようにアルコールやアディクションの問題に取り組んでいる「友人」たちの存在に対して敬意を持つべきだと思います。

田舎に行くと「洋食屋」の看板を掲げながら、メニューにはカレーも寿司もラーメンもあるような店もあるけど、たいてい美味しくなくて、いつのまにか閉店しているものですよ。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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