心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2011年09月23日(金) 井蛙不可以語於海者(井の中のかわず大海を知らず)

全体像を捉えることは難しい、というお話し。

関東地方のある援助職の人にうかがった話ですが、彼の地では、「AAは福祉の必要な人たちが行くところ」というのが行政の人の認識なのだそうです。この場合の「福祉」という言葉は必ずしも生活保護を指しているわけではなく、何らかの福祉施策の対象となるという意味です。

生活保護の実施要領のなかに、アルコール症の人(もしくはその同一世帯員)が断酒を目的とした団体を継続的に利用する場合に必要最低限の交通費その他(「移送費」という)を支給できる、という決まりがあります。アル中やその家族が断酒会やAAに通うための電車代バス代が支給されるということです。

何らかの精神障害、知的障害、未診断の発達障害などを抱えた人は、断酒継続してもなかなか就労に結びつかない苦労があるため、生活保護の受給歴が長くなりがちです。福祉事務所の窓口の側から見れば、移送費を受給しつつ何年もAAに通い続ける人が目立つでしょう。そういう人たちは手帳や障害者加算を受けている割合が高いため、「AAは障害を抱えた人の行くところ」という印象を持ったとしても無理からぬことです。

最新2010年のAAメンバーシップサーヴェイによれば、生活保護受給のAAメンバーの割合は1/4に過ぎません。生活保護の被保護者数が200万人ほどで、これは国民の2%弱ですから、それに比べれば多いのですが、AAの中ではあくまで少数派です。しかし、それは市役所の窓口からAAを眺めているだけでは、分かりようのないことです。

別の話ですが、アルコホーリクと向精神薬の話をしていると、「この人は、断酒した人の多くが向精神薬の服用が不要になることを知らないのではないか」と思うことがあります。

酒をやめた結果、不眠や抑うつ症状が出る人は珍しくありません。精神科の医者から睡眠薬や抗うつ剤やトランキライザーを処方される人もいます。しかし、ほとんどの人は断酒が続いていけば、向精神薬は不要になります。もちろん中には何年もの時間が必要な人もいます。

数は少ないものの、ずっと薬が必要な人もいます。依存症以外の問題を抱え、そちらが難治性なら服薬治療も長引くでしょう。

薬の不要な人が薬を飲み続け、やがてそれが過量服薬につながるリスク。薬が必要な人が無理に薬をやめて病気が悪くなるリスク。二つのリスクがあるわけです。(だから、AAのパンフレットにも両論併記になる)。どちらのリスクが大きいかと言えば、前者のほうが量的に深刻です。

AAで「薬は飲まない方がよい」という雰囲気が支配的なのは、そうした背景によるものです。何らかの自助グループに属して、何年も酒をやめ続けている人と付き合っていれば、「ほとんどの人はやがて薬が不要になる」ということが分かるようになるはずです。

ところが、病院やクリニックで知り合ったアルコホーリクで、しかも時々スリップを繰り返す人とばかり付き合っていると、まるでアルコホーリクは皆がずっと向精神薬を飲み続けなければならないかのように、勘違いしてしまうことになります。

世の中は多数派にあわせて動いており、注釈付きで扱われてしまうのが少数派の悲哀です。それをひがんでみても仕方ありません。「向精神薬を飲んでいるのはソーバーとは言えない」という言葉は、多数派のアルコホーリクに向けてあえて刺激的に発せられた言葉であって、少数派たる自分には当てはめることができない・・という理解のしかたも必要です。きっと。

いずれにせよ、視野が広がれば、自分のとらえ方、理解の仕方も変わってくる、というお話です。

日本のAAではあまり使われないスローガン more will be revealed というのがあります。無理矢理日本語に訳せば、神はより多くを明らかにされる、でしょうか。

いま自分が知っていることがすべてではない。分からないことも、やがて分かるようになるときも来る。経験を積んだ仲間は、多くの見聞、多くの気づきを得ています。だからこそ経験の長さが尊重されるのでしょう。僕なんか雑記で分かったようなことを書いていても、例えば30年の人から見ればヒヨッコにすぎません。

続けていけば、「今まで知らなかったけれど、そういうことだったのか」という経験がたくさんあるはずです。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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