心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2010年11月02日(火) 死ぬなら飲んだ方が良い

(彼は)飲まないでいることが少しも楽しくない。また昔のゲームに手を出すようになるのは時間の問題である。彼には、アルコール無しの人生なんて考えられない。そしてやがてはアルコールの有る無しにかかわりなく、人生そのものについて考えられなくなってしまうだろう。そのとき彼は、誰も知ることのないような孤独を味わう。彼はまさにぎりぎりのところにいる。終止符が打たれるのを心から待ち望むようになる。(p.220~221)

仲間の9年のバースディミーティングに顔を出していました。話を聞いているうちに、その会場の9年前のことを思い出しました。

当時そこの会場はとても出席者が少なくなっていて、グループを維持するのが精一杯という状況でした。僕自身も、これ以上AAを続けても自分の進歩はないだろうと予測して、そろそろAAやめちゃおっかな〜と考えていた頃でした。それでもAAを離れなかったのは、単に酒を飲むのが怖かったからです。飲まない喜びではなく、飲んだどうなるかの恐怖で酒をやめていたわけです。

そんな頃に精神病院を退院したあるおじさんがメンバーに加わりました。よく奥さんと一緒にミーティングに来ていました。AAに通い続けて酒は止まっているのでしょうが、表情が明るくなってこないのが気になりました。それに未来を語らないことも。人は酒をやめた直後は、未来を考える余裕を失っているものですが、数週間、数ヶ月と酒が止まり続けていると、将来こうしたいという希望を語るようになるのが普通です。たとえば仕事を再開したいとか、資格を取りたいとか。しかし、そのおじさんの場合にはそれがなく、ただもうすぐ子供の結婚式があるんだという話があるばかりでした。

ちょうどその人の1年のバースディと、お子さんの結婚式が同じ頃に重なり、バースディでは式が無事に済んで肩の荷が下りてホッとしたと語っていたのを覚えています。けれどおじさんは翌週のミーティングには来ませんでした。さらに次の週のミーティングには奥さんだけがやってきて、旦那さんが自殺して葬式も済んだという報告をされました。酒は飲まずに自ら命を絶ったそうです。奥さんの「いままで大変お世話になりました」という言葉に、僕は何もできなかった大きな喪失感を感じました。

それは、僕はAAをやめてはいけない、と思い直す機会になりました。しかし同時に、酒をやめているだけでは全然ダメなのだ、と強く思うようにもなりました。では足りないものは何か。たぶんそれは「12ステップ」だったのでしょう。僕が東京でビッグブックのステップをやっている人たちに出会うのはそれから2年後です。

さらに2年後、戸塚で開かれたビッグブックの集会で、東北から来たメンバーがスピーチで紹介していたのが、冒頭に掲げた11章の文章です。そこでハッと気がつきました。いままでそこを何度も読んでいはずなのに、何度読んでも思い至ることがなかったわけです。「酒をやめているって素晴らしい」と言いながら実はちっとも楽しくない。もし飲んでもトラブルが起きないのなら再び飲みたい。けれど飲むわけにはいかないのだ。なぜならば飲むことは社会的な死を意味するから。死ぬのは嫌だ。だが飲まずに生きることが果てしなく虚しい・・・酒をやめた人は、時にそんな心理になるものです。そしてその中には、しらふのまま人生に終止符を打つ人もいます。そうやっていったい今まで何人自殺していったでしょうか。

ビッグブックの文章は「私たちはそこからどうやって脱出したのかを述べてきた」と続きます。ステップがあるってことは素晴らしいことです。けれどステップを受け入れられない人もいるし、準備ができていない人もいます。そんな人がしらふで死にたくなったらどうすればいいのか。

そんなときは酒を飲むのがいいのだと思います。こんなことを書くと再飲酒の勧めみたいになって怒られてしまうかも知れませんが、それでも死ぬよりはマシです。なにせ酒が好きだから飲んできたのではなく、生き延びるために酒を飲んできたことを忘れてはいけません。だから酒をやめただけでは死にたくなるのが当然なのです。再飲酒すれば、どんなに若かろうと、どんなに病気が軽かろうと、それが死につながる可能性はゼロではありません。だからこそ酒は飲むなと言うのですが、しかし飲まずに自殺してしまっては元も子もありません。

僕は精神病院からAAに戻ったときに、後に最初のスポンサーになってくれた人がかけてくれた言葉を覚えています。

「生きて帰ってくりゃそれでいいんだよ。そうすりゃまだチャンスはある」

(それでも飲んだ後のAAの敷居は高かったけど)。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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