the hours - 2003年03月14日(金) 仕事が終わってから、ラヒラとジェニーと3人で映画を観に行く。 ラヒラが選んだ映画館は彼女の家から近いところで、わたしがこの街に越してくる前に、ひとりでアパート探しに来て1週間泊まってたホテルの近くの映画館だった。映画を観る前にごはんを食べに行った。ラヒラがリストアップした中にミドルイースタンのレストランがあって、わたしがそこがいいって言った。 「きみが18で僕は19だったね。覚えてる? ビーチで僕はきみにキスをした。きみはそれは美しかった。ああ、それは素晴らしい朝だった。なんでもない普通の朝だったのにね」 彼はそう言った直後、窓から飛び降りてしまった。 幸せだった日々。 今まで生きて来た中で一番幸せだと思った瞬間。 人は時々そんな過去の時間にとらわれたまま動けない。 今が苦しければ苦しいほど、哀しければ哀しいほど、生きれば生きるほど。 幸せを知っていて、幸せに戻れなくてもう二度と幸せになれないともがいている人たち。 違う時代に違う場所で生きる3人の女性の人生。ヴァージニア・ウルフと、彼女の小説「Mrs. Dollway」にインスパイアされるローラと、「Mrs. Dollway」の現代版クラリサ。それぞれの時代と場所が「Mrs. Dollway」を絡んで交差する構成がよかった。 愛。結婚。同性愛。家族。治らない病。死。過去の幸せ。現在の悲しみ。 ディプレシングな映画だったねえ、ってラヒラはため息をついてジェニーは笑ってさえいたけど、わたしはいいと思った。わたしの人生なんか、大してシンドクもなければ大した悩みもない。だけどヘタすると、わたしだってああいう女性たちの一人になってたかもしれない。幸せだった時に思いを馳せて、幸せだったあの頃のあの街に帰りたかったときがある。 「ああ、なんであんなふうに不幸を決めつけるんだろ」ってジェニーは言った。 誰にも、思い出せば涙が出るよりもまだ切ない幸せだった時間があって、それを振り返ることは多分避けられないし避ける必要もない。だけど振り返ってそこに立ち止まってしまえば、後ろにも前にも進めなくなる。何の望みも持てないまま生き長らえて行くことにすらなりかねない。だから前を向いていたい。今を幸せに生きる術を見つけたい。どんなに時代が巡っても、生きるしんどさは昔も今も変わらない。それを抱えてしまえば、誰にでもいつの時代にでも、おなじこと。 「そういうことだと思ったよ」って言ったけど、たった26年、ぬくもりの中で生きてきたジェニーには死にたいほどの不幸や孤独なんか分からないだろうし、そんなもの分かりたくもないだろうなって思う。そして、死にたくなるほどやり切れない諦めや悲しみなんか経験しないほうがいい。そのまま生きて行ければそれが一番いいに決まってる。 わたしよりうんとたくさん生きて来て、うんとたくさん悲しみを越えて来たラヒラには、きっとあのディプレストな人たちにイライラしたに違いない。 映像も綺麗だった。 それにしてもこの街は、映像の中でなんであんなに素敵に映るんだろう。 好きになりたい。わたしの目にもあんなに魅力的に映るほど。 映画が終わってから、ラヒラんちでコーヒーをごちそうになる。2時までおしゃべりした。ラヒラは「Chicago」が観たくて、もう3週間前に観ちゃったジェニーは絶賛してるけど、わたしはあんまりそそられないなあ。「How to lose a guy in 10 days」が観たい。 朝仕事に出掛ける前に、マジシャン・デイビッドにお誕生日のメッセージを送った。 「Hi David, HAPPY BIRTHDAY!!! Have a great day」って、それだけ。 「Wow. Thank you very much」って、それだけの返事が来た。そういうのがほっとする。 -
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