航海日誌

2002年12月23日(月) かえってきましたなごやんフォー(くらい)

……京都も寒かったが、名古屋も同じだった………。

こんばんは、四亜です。長い日記はやめなくてはと思いつつ、今日も長くなりそうです。

●雨と車と。

今回も、お気に入りの宿であるト●ベラーズ・インに向かう途中、横断歩道を渡っていたら、

目の前を車がかけてゆく。

思わず足ぶみをし、踏み出したら、右手の傘の向こうに、マイクロバスが接近する。。。

死にそうになりました。。。

「いっつもプライベートで何か事件があるのね」と大笑いしてくださった、大阪のお姉様(この方は元SEらしい)。。。笑うところじゃないと思うんですが……。
それにしても、名古屋もたいがい車の運転は下手下手ですが、京都もわりと乱暴なんですねぇ…。

●最終プレとわたくし。

………死にそう、すでに、初日からそんなことを脳裏にかすめたのは、幾年ぶりでしょう。仕事の時も、こんなプレッシャーを感じたことはなかったのに、(それは若かったから/笑)初日からドロ沼でした。

今回の先生は、事前に決まっていた先生からまた変更があったらしく、よくわかりませんが、はじめは自己紹介が無かったので、伝達としてちょっとわかりにくい部分も多々ありました。

永原センセ、辻中センセ、稲垣センセ、根ノ木センセ、藤原センセ、中西センセ、三宅(この字?)センセ(学校のサイトで検索できなかった…)というメンバー。
一部に人気だった(?)佐藤センセ(この字?)はお仕事の都合で来れなかったとか。ちなみに、プレ終了後に帽子かぶった謎の人物が現れた…ような。(あれが鈴鹿センセ?でも違うような…←帽子をかぶってる教員が多くてよくわからない。)

今回受講した人数はだいたい30人くらいで、Vの授業を受けている人数からすれば少ないかな。でも数人の気合い入った人をのぞくと、レベルとしては低いものだったと思う。けれども、それにもそれなりに原因はあると思う。
第一に、私はあえて先生にこの1年相談をしなかったのだけど、相談できない人の方が圧倒的に多いことは、遠方から来ている人は、交通の都合でスクーリングをしてもすぐに帰ってしまうこと、第二に、これは以前から感じていたことだけど、自分から積極的に他の生徒に関わろうとする人があまりに少ないこと。(例えば、ちょっとした会話でもね。)第三に、生徒に対する教員数の問題。ひとりの生徒が30分から1時間話すこともあるわけで(今回のプレしかり。)そうなると、順番まちとはなかなかいかないものではないだろうか。それからかなり多忙な先生方の都合も気になります。

それから、奈良のお姉様曰く、「学校の教員に対する待遇が配慮にかける」……とかなんとか。(そういう意味合いのこと)
研究室は各教授が持っていて当然なのですが、情デザ研究室は(以前の大学でもそうだったけど)一つの大きな部屋がパーティションで区切られているとても狭いものなので、ゼミのような形をとれないから、そういった中から生まれるものも無いということ。
これには、私も賛同で、あんな大きな建物をたてたわりには、建築的に(私は専門科でないけども)「使えない」作りをしているといつも思うので、そのへんは芸術と言わず、実用性を優先して欲しかったなぁ…。
そもそも、ゲイダイてのは通常の大学とはすこうし違う。どこが違うかというのは決定的に異なるのはレポートも提出するが、作品課題が主な提出物となる所だと思う。
そんなわけで、文章ならメールでもやりとりはできるが(もっとネットワークつかってほしいんだけども…セキュリティとかが問題なんでしょう。)立体とか触らなくてはわからない部分や、思想などのセンシティブな部分になると、メールという媒体では難しいのだと思う。

私自身は、この1年、実はとても苦しかった。モノを作る時、今まで苦しいと思ったことは数えるくらいしかない(というと誤解があるけれども)私に、この1年は苦しいし余裕は無いし、同期の子はいつのまにかいなくなるし、学校はつまらないし、ともかく、学校を本気でやめようと考えていた。
合格したから、過去形になっているわけではなく、様々な意見や自分自身の環境を顧みて、創作ということができなくなっていた。
そんな中でもプレゼンテーションのためにモノを作らなくてはいけなくて、それが一番辛かった。
自分の中でのベースは決まっている。技術的にも感覚的にもまだまだなことは承知の上で、とてもシンプルな形で私の中にあったから、それをわざわざ目に見えるようなわかるような形にしなくてはならないことが、とても辛かった。

今ようやく、落ち着いてこれまでの自分と、自分の中に向き合えるような気がする。本当は、常にこの状態でつくり出す繰り返しをしなくてはならないのに、通信というのは本当に難しい。
以前は当たり前のように出来ていたことが、出来なくなってしまう。それはとても怖いことだ。
私にとって、これまでのデザインは実用的かつ、お金に繋がるものだったから、それを芸術として扱う授業に戸惑いもした。
正直、いくつかの芸術の授業をとっても、デザインはやはり人になんらかのアクションを起こさせるものであって、モノでないものでなくてはならないような気がしている。
それは上手くいえないけれど、情報の構築という点で、総合的な企画力とか、プロデュースすることがこれからのデザインには必要なんだと思う。いや、デザイナー自身に必要になっていることなんだと思う。
そこが、個としての「モノをつくり出す人」と、「モノもつくり出す人」の違いなんじゃないかと思う。

今回また沢山の人に会った。話した。飲んだ(笑)。お互いの作品を話し合ったり意見の交換も通常のスクーリングより多かったと思う。
わたしはこの何年か、自分が「何故」つくるのかわからなくなっていて、作ることはできたとしても、作ることが「必要」なのかがわからなくなっていたし、学校に対する不信感や、教師陣に対する信頼度も欠けていた部分がある。それはきっと私だけじゃなくて、学校に来ている人の中にもそう感じる人はいると思う。
不思議なもので、社会的地位の高い人間も、私のようなフリーターもその違いはあまり無い。「モノを作る」前ではおおよそ平等なのだ。

●そんなわけで。
話はつきませんが、今日のところはこれで終わりです。


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