航海日誌

2002年11月16日(土) 第二回

***さやけき月の物語****

□■□孤独な剣のキング□■□

(2)

「隣、よろしいですか。」朝食から相席は遠慮したかったが、満員なのだから仕方ない。
「どうぞ。」お世辞にも愛想が良いとは言えなかったが、目の前に座った男は学者風の格好をし、いや、まだ学生といっても通用するようなあどけない顔をしていた。
「コーヒーを…」注文をおえると、男はまじまじと私を見る。
「……………」私は無言でサラダを口にする。
「……………」慣れてはいたが、あまり良い気分でもないので、フォークを置くと、男を見据える。
「何か?」
「いえ、お仲間かと思って。」そういって、いたずらそうに笑う瞳は薄いブルー。
「?……何が?」
「その、耳。遠い種族の末孫でしょう?」男はフォークをつかみ、サラダ皿に刺した。
「……だから?」確かに。確かに私の耳は人間のそれより少し違った形をしている。
遠い種族。彼等はそう呼ぶ。その昔、長寿な種族がいたらしい。わずかばかりの血をひいた因果か、こんな耳となってしまった。もっとも、珍しいことではない。大陸にいけばこんな人間は五万といるし、それ以外の種族にしてもそれは同じだからだ。
「僕もね。少しだけ引いているんですよ。でも、こんなに奇麗な形に会ったのははじめてで……。ああ、気を悪くしないでください。僕はこういう者です。」そういって、名刺を渡してくる。
『国際種族保護委員会』
(……………胡散臭い……)
「その昔、森と対話し数々の奇跡の術を使ったと言われているーー遠い種族の方々の……こんなに完全に近しい形での血縁の方に会えるなんて……!!僕の感動がわかりますか…!?」私は席を立って、店を出た。
(・…たまにいるんだよ…こーゆーの…。)
「ああっ…待ってくださーいい…」後ろから追ってくる声がする。
(げ。)瞬間、走り出した。市を抜けて、港に出た所で小道に入り、ふと思い付いて、昨日の森に思い当たって方向を変える。
(いくら何でも、昼にはいないだろう。)昨日の剣士のことを考えたが、こんな明るいうちからいるとは思えなかった。顔や身体を隠すということは、バレたら困るから隠すのだ。私はそのまま深い森へ走って行った。

□□□

 人間ばなれしたバネは生まれつきだ。そもそもどうしてこんなに高く、早く走れるのかその本当のところは知らなかった。身体が軽いのか、得に木々など緑の恵まれたところでの早さは動物と同じだった。
(ここまでくればいいか…)せっかくなので、森林浴でもしようかと木にもたれる。
「……いやあ、早いですねぇ〜……」
(…………。)
勢い良く振り返って身体のバランスを崩す。
「おっと…危ないですよ。」そういって、手を掴んだのは、まぎれもない保護委員会とやらの男だ。
「言ったでしょ。僕も同じ血を引いているんですよ、まあ貴女ほどじゃないですけどね。はい、これどうぞ。さっき市で買ったんです。」そう言って、林檎を手渡される。私は諦めて林檎を少し擦ってからかじる。
「この森は物騒なんで、女性にはお勧めできないんですよ。」
「何故?」
「はあ、その……噂ですが。森の悪魔が出るという…こんなに美しいのに、この街の人間でそれを知らない者はいませんよ。ですから、夜はここに来ない方がいいですよ。」
(森の悪魔……ね。)昨日の黒ずくめの剣士のことだろうか。あれは悪魔なんかじゃなく、れっきとした人間に見えたが。
「剣を…お使いになるんですか?」ふと男が腰からぶら下げたものを見て言う。
「…そっちは……使わないみたいだな。」男が腰から下げているのは、ショートソードでもさらに小さい、どう見てもそれで身が守れるとは思えない代物だった。
「僕はいいんですよ。」
空気が動く。
「…悲鳴!?」遠く、また悲鳴。今度は女の声。
「ここから遠くありませんね。」自分たちにとっては近い。男は真剣な顔をしてそちらを見る。
頷いて、そこから走り出した。

□□□

「もう、もう、駄目……!、どうか姫様1人でお逃げください…!」女は地面に座り込んだ。
「馬鹿を言うな!」黒いフードをかぶった人物がかん高い声でそう告げる。
「でも…!!」
「仕方ないな…」一度足を止めてしまえば、追い付かれる。懐に手を入れ、侍女の前に立った。
「…!姫様、何を…!?」瞬間、侍女の顔の横を通り過ぎたもの。カン、と音がして後ろの木に突き刺さる。
「忍か…叔父上はよほど私が嫌いらしいな。」黒いフードの人物はそう吐息のように漏らすと、耳を澄ませた。こちらへ向かってくる気配がある。
「……?」それがどういうわけか、この手前で止まった。
いぶかしんで目をこらしていると、木々の間に光るものを見た。
「綾瀬!行くぞ!」瞬時にそれを理解して、侍女を待たず光の方向へ走り出す。
「ひ、姫……!」綾瀬はどうにか立ち上がってその後を追う。

□□□

「……以外にあっさり退いたな。」剣を仕舞うと、傍らの男を見た。
「そうですね…」男は何か考えているようだった。
「剣を使わないわけが分かったよ。古代魔法?それとも…」男が見せたものはまさに失われた奇跡、そう呼ばれていたものだった。
見ることは初めてだが、知識としては知っていたので納得できた。遠い種族が好んで使ったと言われているのは、剣よりもこちらの方だった。
「精霊魔法、でしょうか。僕にもよくわかりません。古文書をベースにはしてますが、失われたものの方が多い今となっては、魔法などというのも正しいのかも…。」男は苦笑してマントについた埃を払う。
「そうだな。魔法が万能なわけがない…。」でなくては、何故彼等ー遠い種族は滅んだのだろうか。私にもわからないことだったが、少なくとも奇跡とは人が起こせるものではないはずだ。
「あなたは、使わないのですか…?」男はいぶかしんで聞く。
「使え、ないんだ。」私は事実を言う。
「全く!?」その驚きようが大袈裟すぎて私は笑う。
「驚くことか?いくら血を引いていようが、出来ないものは出来ない。」「いえ、そうじゃなくて…。」男は何かまた考えていたようだが、そこで後ろの気配に気付いた。
やがて木々の間から二人の人間が出てきた。ひとりは黒いフード姿、ひとりは街の娘のような格好だ。
「勝手に追い払ってしまったが、迷惑ではなかったかな…?」私は黒いフードの方に確認をとる。黒いフードの人物はフードをおろすと、
「助かった。礼を言う。」そう言った。
亜麻色の髪を奇麗にゆっている高貴そうな娘だった。

□□□続く……


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