TENSEI塵語

2008年03月25日(火) 「嫌われ松子の一生」

映画自体には好感が持てないのだが、
中谷美紀が数々の主演女優賞を得たのは、他と比較しなくても納得する。
ひとつの映画の中で、さまざまな役を演じきっているという感じだ。
とりわけ、晩年の松子の、ぶくぶく太った汚くだらしない姿には、
普段の中谷美紀が片鱗も見られない。

松子の悲惨な生涯を、陰惨にし過ぎないためか、
夢や憧れ(とは裏腹に)を強調したいためか、
映画にはミュージカル的なシーンや、メルヘン調のCGが使われている。
この効果は大きい。
こういう緩和策がなかったら、私は途中で見るのをやめていたかも。。。

とにかく、家を出てからの松子の恋人が、暴力的な小説家とヤクザで、
(優しい床屋さんもいたけれど、これは松子の逮捕であっという間に破局)
血も多く、イライラや身勝手が前面に出て、見ていてつらいのだ。

松子のいい表情は随所に見られる。
元教え子の今ヤクザの龍の出所を、薔薇の花束を手にして待っているところ
よかったなぁ、、、龍はその時は、その献身に耐えられず、殴って去るが、
その後の心の変化によって、松子が、
すべてを許して愛してくれる、自分にとって神だったと告白する。
見ている我々が救われる場面である。

松子の悲劇の始まりは、修学旅行の盗難事件の処理の不手際ではない。
病弱の妹ばかりかわいがられてる、という僻みと孤独感である。
そうでなかったら、辞表を出しても家を飛び出しはしなかったし、
自分を求めてくれる人にならどんな風でもついて行くという、
少々屈折した愛情は持ち得なかっただろう。

そうして、生涯の孤独感と淋しさを、束の間癒しつつ生き続けた。

生き甲斐とか夢とか愛について、いくらか考えさせてくれる映画ではある。


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