TENSEI塵語

2008年01月24日(木) またまた中教審が短絡的提言

朝日の記事からの引用である。

入学者の学力不足が指摘されている、大学の推薦・AO(書類審査や面接による)入試について、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の作業部会は、大学が学力検査や大学入試センター試験を用いたり、入学者選抜で高校の調査書を活用したりすべきだという案をまとめた。「大学全入時代」を前に入学者の学力水準を保つ狙いだ。
 23日に開かれた、中教審の学士課程教育の在り方に関する小委員会に報告した。すでに小委は学士課程での学力担保のため、卒業要件の厳格化などを求める案を作成しており、大学の入り口、出口ともに見直しを求めることになりそうだ。


まぁ、こんなのは当たり前すぎるほどの提言で、
机の前でちょっと考えれば誰だってできる程度のものだ。
大学の先生たちだって、頭のいい学生ばっかり来て欲しいのはやまやまだ。
精鋭ばかりを集めて教育できるなら、どんなに幸せなことか。。。

本来、推薦入試とかAO入試とかいうものの理念は、
学力試験では評価できない学力や特性を持った人材を求めるものだ。
柔軟な思考や閃きはあるけれど、また1分野に卓越した能力はあるけれど、
幅広い分野で詰め込み記憶するのが苦手な学生もいる。
そういう人材を発掘したいという思いから始まったものだ。
そこに、いわゆる学力試験を利用しなさいと言うのは、
本来の理念にそぐわない、めちゃめちゃな論理である。

しかし、理念と現実にギャップがあるのも事実だ。
少子化傾向に入った十何年か前からはとりわけ、多くの底辺ランク大学では
推薦入試やAO入試が授業料収入確保のための綱渡り的方策となった。
AO入試は、少子化時代の、大学生き残り策として始められた感が強い。
このAO入試は、本当は特筆すべき長所を携えてないといけないはずだった。
ところが、最底辺ランキングの大学あたりになると、
わざわざ受験に来てくれた高校生はすべて歓迎し、受け入れてくれる。
我々から見ると、授業中は寝てばっかりで、毎学期赤点を何科目も連ね、
何とか追試追試で凌いで、結局のところ、基本的なことも知らない生徒が、
AO入試に出かけて行って一発で合格してくる。
大学の先生が彼らを相手にいったい何を教えようとしてるのか不思議だが、
それほど、大学の経営は切迫していて、必死なのだ。

中教審の面々はそういう現状がわかってるのだろうか?

我々がこの十何年間もうひとつ驚いてきたことは、
次々に新しい大学ができ、新しい学部・学科が生まれてきたことだ。
子どもは減る一方なのに、増設の認可はどんどん下って、
実際、アホとしか思えない生徒がどんどん大学に進学して行った。
高校教員になったころ、高校が高校とは言えない時代になったと思ったが、
大学も大学と思えない時代になりつつあると思ったものだった。

中教審の面々はそうした事情を理解しているのだろうか?
そうしてまた、彼らは学力とか、学力低下について、
その本質はどういうものと考えているのだろうか?
短絡的な提言に終始して悦に入っている彼らに是非尋ねてみたいものだ。


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