| 2007年12月05日(水) |
村上春樹「東京奇譚集」 |
一昨日、タイヤの交換に車屋に寄った帰りに、 雑誌スクリーンを買いたい気がして、本屋に寄ったのだった。 しかし今月号はジェシカの写真もほとんどなさそうだし、 ちょっと見ているうちに興味が薄れてスクリーンを買うのはやめた。 付録のスター年鑑があると便利な気もしていたのだけれど、 今までどおりネットでその都度検索すれば何とかなるものだ。
そーいえば、読みやすいというふれこみの 「カラマーゾフの兄弟」の新訳が出たんだったなぁ、、と探してみた。 それを探しているときに、ふと目に飛び込んで来てやたらと気を引いたのが 村上春樹の「東京奇譚集」だった。 「カラマーゾフ」は文庫本とはいえ、嵩張るし4千円ほどもするので、 また別に機会に楽天ブックスから送ってもらうことにして、 「東京奇譚集」を買って帰った。
帰宅して、夕飯を待つ間、読み始めたらそのまま引き込まれた。 最近にしては珍しいことだ。 娘から夕飯に呼ばれるまで読み耽り、夕食後も読み耽った。 これも最近珍しいことだ。 5つの物語のうち2つ目まで読んで、やっと中断して風呂にした。 風呂を出てからは、しばらくは野球の日本vs台湾戦を見たり その後のニュース番組も見たりしていたので、その夜の読書はそこまで、、 じゃなくて、塵語を書いた後、寝る前にもう1話を読んだ。 こういうのも最近珍しいことだ。 そして、昨夜残りの2話も読んだ。
そう大したドラマがあるわけじゃない。 手に汗握るような緊迫した状況が続くわけじゃないし、 思わぬどんでん返しがあるわけじゃないし、 複雑なトリックを解く推理の達人が登場するわけでもない。 いわば、淡々としたリズムで綴られる何気ない物語だ。 思えば、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」にしても、 とても不思議な世界での物語でありながら、淡々と語られていた。 それでも引きつけられる。 非現実的な登場人物たちがやけに存在感をもって現れるのが不思議だった。
やはり、言葉の魅力なのだろうか?
私としては2つ目の短編「ハナレイ・ベイ」と、 4つ目の短編「日々移動する腎臓のかたちをした石」が特に面白かった。 カウアイ島のハナレイ湾でサーフィン中に息子が死んだ母親サチの言動が 実に興味深く面白かった。 サチのセリフに声をあげて笑ってしまうこともしばしばだった。 日々移動する腎臓のかたちをした石を題材に小説を書いている男の前に 現れたキリエという女が、自分の傍にもいてほしいほど魅力的な女だった。 けれども彼女は「誰かと日常的に深い関係を結ぶということが」できない、 今やってる仕事に集中したいから、という女だった。 彼女は主人公の前から忽然と姿を消す。。。
あらすじを書くつもりではないからこの程度にしておこう。
5作目の「品川猿」というのは、ヒロインの高校時代の名札を盗んだのは、 何と猿であり、その猿が、ヒロインの精神鑑定もするというもので、 これがもっとも「奇譚」にふさわしい物語でありながら、 これがもっとも違和感のある作品だった。 「奇譚」という点では、1作目の「偶然の旅人」がもっとも情緒がある。 偶然の一致という不思議なきっかけで、主人公が光を見出すという話である。
「品川猿」を除けば、実に良質な味わいの「奇譚」集だと思う。
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