| 2007年09月16日(日) |
やっと「ロッキー」を見た |
昨夜はもう完全にダウン。。。 前日の書きかけの塵語をそのままUpして、昨日の分を書こうとしたけど、 睡魔に負けて、もういつどうやって寝たのか覚えていない。 とりあえず起きたのはいつものベッドの上だったけれど、 そこまで移動した覚えもはっきりしない。 午前0時は過ぎていたことは覚えているけれど、後はよくわからない。 市吹に出かける前の夕食の店でもうとうとしかけたし、 練習後ロビーに座っていたら、知らないうちにうとうとしかけていた。 もっとも、帰りの車では助手席の背もたれを倒してくつろいでも、 妻の運転ではとてものんびり眠ってはいられない。。。
今朝は目覚まし時計の助けもなく、7時に目が覚めた。 一応起き上がったけれど、本当に出かけることができそうな予感がない。 行かなきゃいかんのかなぁ、、、行かなきゃいかんわなぁ、、と思いつつ かなり長い時間ぼんやりしていた。 結局、8時半近くに大雨の中、混成バンドの練習に出かけた。
今夜も疲れてはいるけれど、昨夜、比較的長い時間眠れたのと、 明日は休みだという解放感も手伝って、「ロッキー」を見た。 (リオデジャネイロでやっているとかいう柔道の世界選手権もTVで見た)
「ロッキー」は、少々冗漫に感じられるところもあったし、 前半、素質や努力に報われない姿よりも、チンピラ風の人間像の方が より入念に描かれていたのが残念に思われたし、 試合のシーンが全体に比べてちょっと短いような気もしたのだが、 ラストが勝ち負けを問題にしていないところがとても感動的だった。 勝ち負けではない。 ひとりの人間が満足の行く瞬間を迎えることができたことが大事なのだ。
場末のボクシング場の4回戦ボーイでしかなかったロッキーが、 世界王者と不屈の闘いをし、観客を熱狂させる。 しかし、ロッキーにとっては、観客の熱狂も勝ち負けも関係ない。 この、自分が単なるチンピラではなかったことを証明できた瞬間に、 エイドリアンがそばにいてくれること、それが彼にとっての絶頂なのだ。 その絶頂の瞬間をとらえてラストシーンになっている。 こういうラストは本当にすばらしい。
(しかし、いくら30年前とはいえ、アカデミー最優秀作品賞はどうよ? という印象は否めない)
うだつの上がらない貧乏な俳優だったシルヴェスター・スタローンが、 この映画の成功で、ロッキー以上の勝利をおさめた。 脚本を書いて売り込み、採用されると今度ロッキー役も得た。
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