TENSEI塵語

2007年08月20日(月) 平和主義の基本

きょうの朝日新聞の「月曜コラム ポリティカにっぽん」である。

さきの参院選のさなか、自民党の衆院議員の家に取材の電話をした。
彼は応援演説に出かけて不在、彼の妻とひとしきり話をした。
「私、こんどは自民党に投票したくない。
 何だか、戦争のにおいがしていやだわ」


おや、自民党議員の妻であろうと、ふつうの人であればこんな感覚かー、
と何かホッとするような思いでこの長いコラムを読み始めたのだった。

コラムは、「戦後という時代を支えるのに大きな役割をした人々」が
この夏に次々と逝ってしまった、その人たちについてである。
阿久悠、小田実、宮沢喜一、宮本顕治。。。

阿久悠の「ぼくらの八月十五日は 白い光の夏まつり」で始まる詩を
引用し、上村一夫と阿久悠の戦後について語った後、
小田実についての叙述が長い。

少年の日、小田は3回の大阪空襲を体験した。
飛行機雲の暗闇、渦巻く火炎、黒こげの死体。。。
敗戦1日前の8月14日の最後の空襲は、すでに日本の降伏が決まった後。
地をはいずりながら死んだ人々は、虫けらの死、無用の死、難死だった。
以後小田が
ふつうの人々の視点から「平和」を考える原点となる。

なぜ反戦運動を始めたか。

「まともな心をもつ人間なら黙って見ていられない戦争だったからだと思う。
あの戦争に反対するのに、
人は左翼である必要はないし、
偉大な思想を抱く必要もない

ふつうの人がふつうの感覚で、「戦争はいやだ」と言うこと。
戦争になれば、ふつうの人も被害者になるばかりでなく、
戦地に行って加害者になりうること。
まともな心を失えば「特攻」とか「玉砕」とかに突き進んでしまうこと。
それを繰り返さぬ決意として憲法9条ができたこと。
こんなふうに「平和」を説いた小田は「市民の巨人」だった。


軍国主義にっぽんの教育と風潮は、
多くの国民の「まとも」で「ふつうの感覚」を抑えつけてしまった。
敵であれ味方であれ、戦争は人間を人間として扱ってないじゃないか!!
と憤りを覚えた人も少なくなかったに違いないが、
そう主張することも許されない圧力が国中を覆ってしまっていた。
軍国主義にっぽんの下で、「まともな心」でその圧力と闘った
例えば宮本顕治のような人は12年間の獄中生活を送ったわけだが、
獄死・拷問死した人も多いわけだ。

人間を殺さない、死なせないは、人間生活の基本中の基本だ。
もしもそれを疎かにするなら、ラスコーリニコフ的苦悩は何なんだ?
それなのに、戦争は、罪なき人をむやみに殺し、むやみに死なせる。
無駄死に、犬死にさえ、英雄的行為として奨励し、
虐殺さえ栄光のひとつとして賞讃する。
「お国のために死ぬ」は死が名誉となり、生が恥となる。
仮にそんな道徳が成り立つとしても、もしそうだったら、
あの8月14日の空襲で亡くなった人々の、死の意味は何なのか、、??
泣くにも泣けんがな、、、ばかばかし過ぎるがな。。。

こういう感覚で、憲法9条の意義をもっと真剣に見つめなければいけない。


 < 過去  INDEX  未来 >


TENSEI [MAIL]