TENSEI塵語

2007年07月14日(土) 権力者と憲法

昨夜は、書いている途中で力尽きた。
最近こういうケースが目立ってるが、とにかく映画は長いので、
遅い時間になってしまうのだ。
ちなみにこの映画は2時間半である。

ピーターは演説の後、さっさと聴聞会から退席する。
その広い会場を、議長の罵倒と戻るように促す声を背に、
報道関係者や傍聴人かき分けるように退席する場面、ここが泣けるのだ。
なぜって? それは、これから見る人のためにバラしてはいけない。

ピーターが流れ着いて生活することになったローソンの町の人々の
愚直と言ってもいいほどの温かさが、
権力側の狡猾な愚かさを一層引き立てている。


実は私は、日本でレッドパージが行われていたころ、
アメリカでもこのようなアカ狩りが行われていたことを知らなかった。
あるいは、学生時代に何かで聞いたかもしれないが忘れていたのかも。。。
日本のはレッドパージと言うけれど、アメリカのはマッカーシズムという。
マッカーシズムという語には聞き覚えがあるけれど、
アメリカでのアカ狩りとはまったく結びついていなかった。

ウィキペディアのマッカーシズムの項から引用しておこう。

              概要

 この様な事態に陥った基盤としては、1949年に、中国共産党が国共内戦に勝利し中華人民共和国を成立させたことや、ソ連が原爆実験に成功し、アメリカの核独占が破れたことから、狂信的反共主義者の「共産主義」への脅威感が病的に拡大されたことにあったと言われる。反共ヒステリー状況と見る社会学者もいる。

マッカーシーはその告発対象をアメリカ陸軍やマスコミ関係者、映画関係者や学者にまで広げるなど、マッカーシズムは1950年代初頭のアメリカを恐怖に包み込んだが、マッカーシーやその右腕となった若手弁護士のロイ・コーンなどによる、偽の「共産主義者リスト」の提出に代表される様な様々な偽証や事実の歪曲や、自白や協力者の告発、密告の強要までを取り入れた強引な手法が次第にマスコミや民主党から大きな反感を買うことになる。

 その後1954年3月9日には、ジャーナリストのエドワード・R・マローにより、マローがホストを勤めるドキュメンタリー番組「See it Now」の特別番組内でマッカーシー批判を行い多くの視聴者から支持を得たことを皮切りに、マスコミによるマッカーシーに対する批判が広がった。その後同年の12月2日に、上院は65対22でマッカーシーに対して「上院に不名誉と不評判をもたらすよう指揮した」として事実上の不信任を突きつけ、ここに「マッカーシズム=アメリカにおける赤狩り」は終焉を迎えることになる。

 しかし、事件が収まった後も「赤」への敵意はアメリカ社会の底辺に根強く残され、保守意識の基盤を形成した。


            再評価の動き

 1990年代以降に公開された資料等に基づき、「当時のアメリカ国内では現実にコミンテルンがマスコミや政財界、軍部まで取り込み工作活動を行っており、マッカーシーらの活動は、手法に強引さはあったものの、当時のコミンテルン人脈を断ち切った」として再評価する動きもある。

 日本の知識人では、中西輝政などがマッカーシズムを評価している(『諸君!』2006年5月号「マッカーシーは正しかった」、同6月号「やはりマッカーシーは正しかった」)。中西は、「マッカーシー上院議員の多くの指摘は殆ど全て正しい告発だったことが、この十年間の情報史料の公開によって確証された」と説明している(前掲5月号)。


           映画界への影響

 告発された映画人は、チャーリー・チャップリン、ジョン・ヒューストン、ウィリアム・ワイラーなどアメリカ人や外国人の関係者を含めた数百人に上る。

 エリア・カザン、ウォルト・ディズニー、ゲーリー・クーパー、ロバート・テイラーと、ロナルド・レーガン(後のアメリカ大統領)などは告発者として協力したことで知られる。
 
 それに反して、パージを推進した非米活動委員会がアメリカ憲法と権利章典に違反するとして、ダニー・ケイ、ジュディ・ガーランド、ヘンリー・フォンダ、ハンフリー・ボガート、グレゴリー・ペック、カーク・ダグラス、バート・ランカスター、フランク・シナトラ、キャサリン・ヘプバーン、ベニー・グッドマン(順不同、一部)など映画人・公務員多数が反対運動を起こした。

 マッカーシズム以降、ハリウッドには根強い共和党への不信感が生まれ大統領選挙でも民主党支持が定着している。


レッドパージがGHQの指令で行われた話を知ったころ(たぶん高校時代)
あの憲法を日本に公布させた人たちが、
そういう弾圧を推進したということが不思議だった。
公布後数年も経たぬうちに、憲法違反を奨励しているではないか、と、
そのころそうまではっきりした批判をしたわけではないけれど、
少なくとも、なんでかなー、なんかへんだなー、くらいの思いを抱いた。
その結果、日本国民の多くに反共精神が培われたわけだ。
「しかし、事件が収まった後も「赤」への敵意は
 アメリカ社会の底辺に根強く残され、保守意識の基盤を形成した」
とまったく同じだ。
保守派の将来を見通した一時的な作戦だったのかもしれないなぁ。。。

本国でも同じことがあったのだと知って、ますます驚く。
「言論の自由」というものを、日本より先に知っていた国ではないか!

映画では、
「言ってはいけないことがある」「言ったら破滅だ」
という状況が強調されている。
真実を語れ、と言いつつ、用意された猿芝居を強要する。
真実を語ると、侮辱罪だ、反逆罪だと脅される。
共産党員でないのに、共産党員として懺悔しないと投獄される。。。

どうして、こんな暴挙が、自由国家で許されるのだろうか、、?

庶民が法に違反したときの摘要は厳しい。
しかし、権力者が憲法をないがしろにしたり違反したりしたときの
マスコミの糾弾は手ぬるすぎる。


 < 過去  INDEX  未来 >


TENSEI [MAIL]