久間防衛相が「広島・長崎原爆投下はしょうがない」と発言して大騒ぎ、 の話を今朝の通勤途中のラジオで聞いた。 それだけ聞いただけでは不思議でしょうがない。 被爆者を軽んじた発言と取られたとしたら申し訳ない、みたいなコメントも あるらしいことから、本人はそのつもりで言ったのではないらしい。 どういう前後関係で出た言葉なのか、 職場に着いてから新聞を見てみたが、やはりよくわからない。 急いで走り読みしたせいでもあるけれど。。。
以下は、サイト asahi.com の一昨日深夜の記事から。。。
久間防衛相(衆院長崎2区)は30日、千葉県柏市の麗沢大学で講演し、1945年8月に米軍が日本に原爆を投下したことについて「原爆を落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなと思っている」と述べた。原爆投下を正当化する発言とも受け取られかねず、野党が久間氏の罷免を求める動きを見せるなど波紋が広がっている。
久間氏は「我が国の防衛について」と題した講演で、東西冷戦下で米国と安全保障条約締結を選択した日本の防衛政策の正当性を説明する際、原爆投下に言及した。
久間氏は「米国を恨むつもりはないが、勝ち戦と分かっていながら、原爆まで使う必要があったのかという思いが今でもしている」としつつ、「国際情勢とか戦後の占領状態からいくと、そういうこと(原爆投下)も選択肢としてはありうる」と語った。
久間氏は講演後、朝日新聞の取材に対し、「核兵器の使用は許せないし、米国の原爆投下は今でも残念だということが発言の大前提だ。ただ日本が早く戦争を終わらせていれば、こうした悲劇が起こらなかったことも事実で、為政者がいかに賢明な判断をすることが大切かということを強調したかった」と発言の意図を説明した。
朝日新聞の取材に対し、さらに詳しく話していることには、 あれ以上戦争が長引くと、ソ連が介入してくる、ソ連が北海道を奪っていく、 だからアメリカは早く降伏させるべく原爆投下に及んだのだ、と言っている。 「戦後の占領状態からいくと、原爆投下も選択肢としてはありうる」 というのはそういうことを念頭に置いているようだ。
だから、ソ連が入り込んで来る前に終わってよかった、 あそこで原爆投下されて、降伏の決断に至ったのだから、 あれはあれでしょうがないな、というのが彼の「頭の整理」のようだ。
な、なに言ってまんねん!!(`ε´) 「しょうがない」で済まされる問題でっか??
「ただ日本が早く戦争を終わらせていれば、こうした悲劇が 起こらなかったことも事実で、為政者がいかに賢明な判断をすることが いかに大切かということを強調したかった」
これは正しい。 しかし、彼の言葉はぜんぜん、このことを強調していない。 アメリカの占領政策と、日本の戦後の歩みを擁護しているだけだ。
日本はもっと早くに降伏すべきだった。 空襲や原爆の被害は最小限か無しで済ませるべきだった。 結局は、政府や軍部の暴走にブレーキがかけられるために、 大陸や国内で過大な庶民の犠牲を必要としたのだ。 情けないことだ。 彼らの利害や面子のために、多すぎるほどの命が落とされ、 多すぎるほどの人体や人格が傷つけられた。
先日、米下院の外交委員会で、慰安婦問題の可決がされた時、 ニュース番組に、ワシントンポストに意見広告を出した側の人が2、3人 出てきてコメントしていたが、せせら笑うような表情で、 アメリカの議会からそんなことを言われる筋合いはないようなことを言って いたので、背筋がぞっとするような思いがした。
戦後政治の与党側にいた人々の中には、 日本の「侵略」戦争に対する反省の思いの希薄な連中が多すぎるのだ。 久間じーさんもその類なのだろう。 ついつい本音が出てしまうので、後で取り繕っても説得力がない。
しかし、私は一方で思う。 もしもあの大戦末期に B29各機によって日本のあちこちが焼け野原にならなかったら、 憲法9条の平和主義は戦後の国民に受け入れられただろうか、と。。。
だからこそ、過大な犠牲を絶対に無駄にしてはいけないと思うのだ。 そして、為政者たちには、我々以上に、平和主義を貫いて欲しいと思うのだ。 晋三ぼっちゃんのように「戦前体制への回帰」をめざす首相は、 悪魔としか呼びようがなくなるのだ。
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