TENSEI塵語

2007年01月22日(月) 言葉

我々が言葉を発するのはなぜか?
それは、心に浮かんだことを他者と共有したい欲求の表れである。
その行為を振り返って分析したときに、「伝達手段」なる概念が現れるが、
本来は、共有の欲求のようなものではないかと思う。
言葉を覚えたての幼児の発する言葉を聞くと、それを実感する。
日常会話も、「寒くなりましたねぇ」などというちょっとした挨拶も、
手紙も、こうして蜘蛛の巣機構の中で日記を綴るというのも、
「ねぇねぇ聞いてよ!!」で始まる大はしゃぎのご報告も
そういう欲求の表れである。
他に誰もいない所での独り言や、誰にも読ませない日記というのもある。
独り言といっても、誰かに語っている。
それは心に浮かんだ誰かかもしれないし、自分自身かも知れない。
誰にも読まれない日記の場合は、
それを書きつつ吟味している自分でもあるし、将来の自分でもある。
とにかく、言葉の原点は、心に浮かんだことを他者と共有したい欲求である。
これが出発点である。

もっとも、これとは別次元の、言うべきことを言う言葉というものもある。
ニュース報道もそうだし、我々が授業で発する言葉も大半がそれだ。
しかし、こういうのは、考えられ準備されたことばだ。
本来の言葉の原点はやはり、
心に浮かんだことを他者と共有したい欲求である。
そこには主観はあっても、客観というほどのものはない。

(まだ途中なんだけど、もう眠い、、、)


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