きょうはもう夕方に疲れ果て、何もかもイヤになり、動く気力もなく、 それでも何とか家まで帰ってきて、ダウンしそうだったが、、、 届いていた「M:i 3」を見たら、緊迫した場面の連続に引き込まれ、 こめかみや胸が痛くなるほど夢中になって、案外元気になってしまった。 実におもしろかった。 特に、バチカンに潜入しての誘拐劇がおもしろかった。 メイキングの撮影種明かしも楽しかった。
国会の野党議員たちにも、緻密な作戦を展開して ミッション・インポシブルをクリアしてほしいものだ。 我々にはなす術がないのだから。。。
それにしても、晋ちゃんのコメントはひどい。 ま、首相のコメントなんてたいていこんなものだが。。。
昨日の新聞に載ってたコメントは、 「野党が出席しなかったのは残念だが、通過したのはよかった」 むりやり通過させただけでしょうが!! いかにも苦難を乗り越えて、ギリギリの闘いをしたかのようなコメント。 野党が出席しても、強行採決でしょうが、、?
今朝の新聞に載ってたコメントは、 「衆院では議論も深まったのではないか。 参院において、さらに深く広く議論してもらいたい」 よく、公衆の面前でこんなことをしゃあしゃあと言えるものだ。 議論は、いじめだの未履修だのやらせ質問だの、横道に逸れてしまい、 法案そのものについての突っ込んだ議論はいったいどれだけ為されたのか? 費やした時間がある程度まで達したから、大急ぎで採決に入っただけだ。 参院でも審議時間のノルマを食いつぶすことしか頭にない。
昨日「美しき日本」パンフレットの教育再生計画を読んでみたが、 その内容と、新教育基本法との関連がさっぱりわからなかった。 彼の教育再生のために、教育基本法を変える必要はまったくなさそうだ。 それなのに、なぜ性急に教育基本法を改悪しなきゃいけないかを考えると、 要するに、武装のため、としか言いようがなくなるのである。
とにかくこれは実に重要な局面なのだが、ろくに審議もしないで可決である。 しかし、国会の審議などというものは、実は形式的なものに堕している。 同じ政党内でも考え方は個人の自由だというのであれば、議論は意味がある。 そうではないのだから、最初から採決の数字は決まっているのである。 審議が1時間だろうが100時間だろうが1000時間だろうが変わらない。 真の深い議論というのは理解し合うものなのだが、 国会ではそれはあり得ないし、許されていないらしい。 だから彼らはたいていは質疑を真剣に聞いていない。 眠っていたり、野次を飛ばすのに専念している議員が多いのももっともだ。 答えになってない答弁がまかり通るのもそのためだ。 我々が体験してきた議論とは根本的に違うのだ。
いくら反論しても、批判しても、賛成・反対の数は変わりっこないとしたら、 結局のところは、阻止、という形で切り崩すしかない。 そのために取る戦術は、確かに姑息な手段である。 庶民はそれを見て、子どもの喧嘩みたいだとか、無責任だとか非難するが、 正規の議論はいくらしても結果が変わらないのだから、そうするしかない。 審議拒否して欠席するのを無責任だとも庶民は批判するが、 そもそも、出席している議員たちでも、議論などはしていない。 猿芝居をしているだけである。 議論の基本は他を尊重することなのに、そういう気持ちはさらさらない。 いかなる反論も疑問も無視して、自分たちの結論だけが厳然としてある。 議論を積み重ねて結論を出すことを専門職にしているはずの人たちが、 最初っから議論に臨む姿勢で仕事してないのだから、 そういう意味でも、彼らを税金泥棒と呼んでもいい。
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