TENSEI塵語

2006年06月28日(水) 「ALWAYS 三丁目の夕日」を見た

ロードショーを見に行けなかったが、DVDでやっと見た。

舞台が、東京タワーのできた昭和33年ということで、私はまだ2歳だ。
もう数年後を舞台にしてくれたらもっと懐かしかったのに〜。。。
しかも私の幼少時代は郡上八幡かその隣村だった。
この映画の舞台は東京タワーの見える都会のど真ん中である。
わずかな年の違いと大きな地理上の違いで、いくらかギャップもあるが、
それでも懐かしい風物、光景、雰囲気、情緒に満たされていた。
懐かしさに涙ちょちょぎれそうになるから、涙腺が緩みがちなのかも。。。

こういうのは懐古的な風物やエピソードの羅列になりがちだが、
2つの大きな流れでうまくまとめられている。
ひとつは、小さな駄菓子屋で生計を立てながら小説を書いている茶川が、
飲み屋を開いたヒロミが預かった元知り合いの女の子ども淳之介の世話を
押しつけられ、その3人が心を通わせて行く物語。
もうひとつは、集団就職で青森から上京した六子が、
就職先の自動車修理屋である鈴木オートの零細さに幻滅しながらも、
鈴木一家と心を通わせて行く物語。

ついでながら、鈴木家の腕白坊主の一平は、おとなしい淳之介をいじめるが、
淳之介の小説に一目置くようになって、淳之介の母親探しに協力さえする。
その時、金がなくて替えれなくなった2人を救うのが、
一平の母がセーターのつぎあてに潜ませておいた「お守り」のお金である
ところも、いかにもあの時代らしいエピソードだ。

茶川と淳之介の物語には特に泣かされた。
淳之介は茶川に疎んじられるだけで居づらい毎日だったが、
ある日、自分の愛読していた雑誌の小説が茶川の作品だと知って尊敬の念。
自分でも熱心に小説を書き始めるが、ある時茶川は案に窮して、
淳之介の書いた物語を盗用する。
罪悪感から雑誌を隠そうとし、ばれると開き直る茶川に対し淳之介は言う。
僕が書いた話がおじさんの手で雑誌に載る、すごいことだよ!
と、目を輝かせて言う。。。
また、この映画のクライマックス。
淳之介の初対面の実父が淳之介を見つけて引き取りに来る。
茶川は、しぶしぶ引き渡すが、諦めきれない。
淳之介も裕福な実父の高級車から逃げ出して戻ってきた。
しかし、茶川は、裕福な父のところへ戻れと突き放す。
何度突き放され投げ飛ばされても、イヤイヤをしてすがりつく淳之介。。。
他の映画ではダサいかもしれないこういう場面も
この映画では実に調和していて、自然な感動を誘うようだ。
茶川が指輪のケースしか買えないままヒロミにプロポーズした時に、
ヒロミが架空の指輪を嵌めてもらうシーンも感動的だった。

久々に完成度の高い日本映画を見たという思いである。
こうした数々の感動は、私の郷愁のためだろうか?
あの時代を知らない若い世代は、この映画をどう見たのだろうか?
華々しい数々の受賞記録は、決して我々移行の世代だけの評価ではないと
思われるのだが。。。

ひとつだけ、たいへん残念に思われたのは、テレビ・冷蔵庫は出てきたが、
洗濯機が出て来なかったことである。
いわゆる昭和の〈三種の神器〉の中で、もっとも今と違うのが洗濯機である。
テレビや冷蔵庫は、内部機能は大いに進化したが基本の外観は大差ない。
しかし洗濯機は、基本の外観からして大いに違っている。
あの、ローラーを2つ重ねた搾り器。
今思えば、実にいびつな機能であり外観であったはずだが、
当時の主婦にとっては、洗って搾る労力の大革命だったのだ。


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