TENSEI塵語

2006年06月24日(土) 久々に講演を聴く

昼から組合の動員で、小さな講演会に出かけた。
講演会はおろか、動員を引き受けるのも何年かぶりである。
ここ数年、職場内での会議にもろくに参加していない、
かつて軽蔑したいたタイプの、単なる登録要員に甘んじている。
まじめで熱心に活動していると重責が回ってくる、、、それに疲れたのだ。

きょうの講演者の高橋氏は、我々の組合の元委員長(県)であり、
現役時代に重責を全うした上、3年前に退職してからも重責を努めている。
・あいち九条の会事務局
・愛知県平和委員会理事長
・愛知憲法会議世話人
・名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会

アジアを中心に世界中いろいろな所に飛び、交流を広めているようで、
きょうの講演のテーマも「アジアの窓から日本を見ると」である。

最初に、アジア各国で、戦後の一時期に行われた誤った政策に対する
「コペルニクス的」な、つまり180度転換するような反省が行われている
例がいくつか紹介されたが、私の予備知識が少ないために、
具体的なことは忘れてしまった。
ただ、日本はそういう点では最近逆行している印象を深めたのである。

用意されていた12面ほどの資料の中に、こんなのがあった。
元カリフォルニア大教授チャルマーズ・ジョンソンの発言である。

「日本は、第二次世界大戦中の侵略行為に対して謝罪しなかったとして、
 いまだに批判されています。
 日本は少なくとも戦後にドイツが行ったような謝罪は行っていません。
 ・・・(中略)・・日本は謝罪したのです。
 憲法第9条こそが謝罪だったのです。
 東アジア諸国に向けられた宣言だったのです。
 憲法第9条を破棄することは、謝罪を破棄することにほかなりません」

「謝罪」という観念を意識しながら読んだことは今までなかったけれど、
あの長い長い前文などは深い反省の表明であることは確かだし、
永世中立国でさえやっていない軍備の放棄をしたほどであるから、
実に思い切った謝罪の表明と宣言であると言ってよいだろう。
それを謝罪と認めてもらえない理由は、その後の政治にある。
侵略戦争の事実を覆い隠し、過去を正当化しようとするものだから、
実がともなっていないのだ。
迷惑かけました、すみませんでした、きょうからしっかりやります、と
反省文を書いた翌日から態度が改善されない生徒と同じである。
要するに、国家の指導的立場の連中が話をこじれさせ続けてきたわけで、
小泉クンの靖国参拝はその顕著な例ではあるけれど、それだけではない、
常に彼らは憲法の「反省」を素直に受け止めてもらえないような言動を
続けてきて、話をややこしくし、和平を脅かし続けて来たのだ。
また、なぜか日本の大衆の大半は、そういうやつらを政治家にしたがるもん
だから、愚かなことだが、国全体が批判されてもしょうがないわけである。

で、謝罪・反省・平和宣言の最後の砦でもあり、永遠の目標でもあった所に
これから少しずつ漏れ穴を作っていこうという邪悪なやつらがいるわけだ。
彼らは悪魔の申し子たちなのだが、多くの国民はなかなか気づかない。
彼らが当面作ろうとしているのは、はっきり見えない漏れ穴だからである。
何か大きな力がかかった瞬間に、漏れ穴は大穴となり、さらには、
平和主義や国民主権の堤も一挙に崩れ去ってしまう。

憲法や教育基本法に守られているはずの現在でも、
漏れ穴はさかんに作られ続けている。
首相は、「国際紛争を解決する手段」としてのアメリカの「武力の行使」を
国民の許可もなく指示するわ、その協力に自衛隊を送るわ、
首相の立場をわざと誇示して靖国参拝をして中国・韓国に喧嘩を売るわ、、、
めちゃめちゃである。
教育界では、昨今はもう「不当な支配」のオンパレードである。

がっちりした砦があってさえ、それをないがしろにする悪いやつらが
国家のトップにうろうろしているわけだから、
漏れ穴を認めてしまった後の恐ろしさはどんなものになるか、
我々はもっと彼らの巧妙な修辞を研究し、想像力を駆使しなければならない。


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