TENSEI塵語

2006年03月12日(日) 葬式なるもの

今夜は娘の大学のサークルの弦楽合奏団の演奏会だったので、
夕方に出て、花だの差し入れの洋菓子などを買いに寄りながら、新栄へ。
昨日の暖かさとはまたうって変わって、冷たい風が吹いていて、
思わず、寒い!! と何度もつぶやかねばならなかった。
この時期は、こういう点ではまったく油断がならないのだ。

この演奏会は、大半が大学に入ってから弦楽器を始めた初心者の集まりで、
去年も一昨年も、音程からして実に怪しくて、憂鬱な演奏会なのであるが、
今年は何としても行ってやらなきゃいけなかった。
娘の、現役としての最後の演奏会でもあるし、
小学生の時に習いに行っていたがためにコンミスとして出演するからである。
そんな立場にふさわしい子ではないのだが、運命というのは不思議なものだ。
これで行かなかったとしたら家族のつきあいとして実に不義理なことになる。
この義理は絶対に果たさなければならない。
幸い、今年からパート指導者を雇って、演奏にも加わってもらったせいか、
過去2年に比べると見違えるように安定した音が聞こえていたので安心した。

ところで、今朝、訃報の連絡が回ってきた。
同じ職場の先生の義理の父親(つまり配偶者の父親)が亡くなって、
今夜6時半から通夜、明日12時から告別式、という連絡である。
明日は、職員全員が学校に缶詰になって仕事をする年中行事だから、
行くなら通夜に行くしかないわけだ。

もちろん、娘の演奏会に行かねばならないから、この通夜は論外である。
親しい友人かその家族の突然の死だったら、さまざまな算段をするだろう。
単なる同僚の家族と聞いても、迷いはするが、おそらくは行かない。
義理の父親ていどとなれば、暇でも迷わず行かない。
おそらくこれは、世間の、おつきあい事典なるものでは、
失礼な行為として注意されるべき態度なのだろう。
(唯一の例外は生徒の家族が亡くなった場合で、
 これは学校の規定でもあるし、生徒のためにも葬式に出ていく)

しかし、へぇ、そういうもんなの? と鵜呑みにできるならともかく、
考えれば考えるほど、おかしな風習だと思うのである。
連絡網で回さなければならないことか、という疑問さえあるのである。
いわゆる〈世間〉の精神構造というものが、実に不可思議なものに思われる。
行く方も虚しいし、来てもらう方も虚しいに決まってるではないか。

ま、世間の流儀などは、空虚の土台の上に成り立っているようなものだが。。


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