TENSEI塵語

2006年03月10日(金) 再び、サラちゃんと帰った夜

今夜は飲み会で、飲み会としてはうんざりするほど遠い金山まで出かけた。
明日は休みだし、二次会にも出る心の用意はしていたのだが、
タクシーでどこそこまで行って、場所はよくわからない、カラオケつき、、、
と聞いて、めんどくさく煩わしくなって、さっさと帰る組になった。
カラオケなどという迷惑この上ないものは、好きな人だけでやってくれぃ。
そのプランが出た瞬間に、それはもう昨日の飲み会の二次会ではなく、
私的な集まりの趣味の飲み会に変わってしまうのだ。

共にさっさと帰った同行者と途中で別れてから、ナノを取り出した。
選ぶのは、どうしてもサラちゃんのアルバムになってしまう。
ずっと「Dive」を聞きながら帰った。
最高のアルバムではないが、もっとも新しく気に入りになったものだ。
いつも書いていることだが、これだけ何度も(少なくとも100回以上は)
聞いているのに、「またかぁ」という感じがしない。
よく知っているお馴染みの曲だという意識は常にあるのだが、
新鮮でこころ洗われるような雰囲気に包まれる。
カラオケ騒音を避けて、この最高級の音楽に包まれていられるのは幸運だ。

サラ・ブライトマンを聞き始めてから、
他の歌い手たちの声が色褪せて聞こえるようになってしまった。
ポップスの世界の歌手はもちろんのこと、
クラッシック界の名ソプラノ歌手の声も魅力が薄れてしまった。
それは比較してどうこうという次元の問題でなく、
歌という表現手段の、彼女の表現力の多彩さに圧倒されてしまったのだ。

同じ曲を、一昨日トイレ掃除をしながら、ナノで聞いていた。
トイレ掃除をしていても、サラちゃんの歌声に包まれていると、
トイレ掃除をしているという感じがしなかった。
身体は便器を洗っているが、心も歌声に洗われているという感じである。
以前もよくサラちゃんを流しながらトイレ掃除をしたものだ。
イヤホーンを使って耳元で、というのは初めてで、
作業が作業だけにさぞかし煩わしいのではないかと予想していたが、
寧ろ、鮮明に聞こえるのでうれしかった。

で、今夜バスに乗っていても、夜道を歩いていても、ラーメン食べていても、
最高級のBGMだなぁと痛感したのである。
声や歌い方がソフトだということももちろん大きいが、
サラちゃんの歌の大半は、中庸のテンポのロックリズムである。
それを、じっくりと丁寧に歌い上げている。
1曲1曲が平坦でなく、必ず高揚するように歌い上げている。
だから、耳に優しく、BGMとして聞き流していながらも、
耳はその上巻を追いかけて、さりげなくその情感を味わい続けるのだ。

今夜ラーメン屋を出て、家にたどり着く直前に聞いていたのは、
「ア・クエスチョン・オブ・オナー」である。
これは、前後にオペラのアリアを置いた珍しくアップテンポのロックである。
トヨタ・ゼロクラウンのCMで、中ほどの絶叫部分が流れている。
ライヴのアンコールで宙づりになって、紙吹雪の中で歌う曲である。
これはBGMとして聞き流すにはうるさい曲だが、
歩きながらでもついつい真剣になって聞いてしまうおもしろい曲である。
アリアの前唱が終わって、ペースがブンブンブンブン、、、とやり出すと
わくわくして音楽の中に引き込まれてしまう。

そんな風に今夜の飲み会への長旅が終わったのだった。


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