えぇと、今更ここで告白するのも無意味かも知れませんけど、 私、W杯でドイツGK・カーンに惚れまして。(ごめんね川口くん) 何を思ったか、独和辞典を買ってみたり。ワークブック(?)も買ってみたり。 いやもう指摘されるまでもなくアホですが、ドイツ語と英語、似ているとはいえ、今まで唯一の外国語だった「英語」を、多少相対的に見られるようになったような気が。 そして当然、日本語も少し相対的に見られるようになった気が。
「日本語教育能力検定試験」なるものの参考書が近所の本屋にありまして、立ち読みしてみると、日本語史や言語学その他諸々について丁寧に説明してくれれてなんだかえらくおもしろいのですな。 とりあえず5冊組のうち言語学を扱ったのを買ってみると、相当難しいことを言っているのだけど、例が楽しい。 例えば、日本語はどうも、国家や民族も「身内度(エンパシー)」に影響を与えるらしく、例えば怪獣の名前(!)なんかだと、 「ラネカーが火を吐いて東京を焼き尽くした」は違和感無くても、 「井上が尾の一撃で大阪城を粉砕した」はちょっと変、とか。 他に地域的な影響だと、 京都人にとって、さん付けのデパートは歴史の古い「大丸さん」だけで、 「高島屋さん」「阪急さん」とは言わないらしいとか。
トルシエ監督が、雑誌でもテレビでも、さん付けどころか監督ともあまり呼ばれなかったのは、この辺の影響なんだろうか。
それにしても、普段全然意識しないで使い分けてることが、なんと多いことか。 「いる」と「ある」の差も考えてみると結構興味深いことだし。 「さしあげる」「あげる」「やる」「くださる」「くれる」「もらう」「いただく」といった言葉も、「身内度(エンパシー)」や丁寧さによって自在に使い分けてたんですよ、実は。 うわぁ・・・。 「利害にうるさい日本語話者」なんてコラム(?)ができるのも納得。
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