雑記帳
日々の感慨、経験、その他をつらつらと

2001年06月16日(土) 本屋と美術館。

友人と、塾帰りの電車の中で。
「東京に住んで何がいいって、本屋と美術館がいいこと。他はあんまり。」というような話をしてました。いやもうほんとに。

色んな事について沢山話をしたいな、と思う人はいっぱいいるんですけど、どうも片思いばかりで(笑)。
私から喋らないせいですけども、ね・・・。

話はずれて。

大阪の教育大附属小学校で起きた、ショッキングな事件のこと、あれは日本に居る人のほとんどが知ってると言っていいですよね。
だとしたら、皆さんあれをどう解釈してるんでしょう。
一億以上の人間が、一人一人あの事件が一体どういうものだったのか考えて・・・。
やはり、かなりの人は新聞やテレビの見解を見てそれで終わってしまうんでしょうか(私がそうだけれど。だってちょっと理解できないんだもの)。
新聞・テレビの恐ろしいこと。
これだけインターネットが普及して山ほどの情報があろうとも、(だからこそ?)伝統的なメディア(?)の影響は強いんですね。

更に話はずれて。

例えば、電車で本を読んでいるとき。
ちょっと文章のむずかしい、竹田青嗣の「ニーチェ入門」なんぞを読んでいたいりすると、当然ブックカバーはかけるくせに、妙な優越感があったりするんです。ちょっと堂々と(?)読んでたり。
あぁもう最悪。
そういうときの私って一体どういう顔してるんでしょう?
見たところ大人しくて、真面目に考えているようで、鼻持ちならない嫌味なインテリ(の卵?)ぶりを発揮してるんでしょうか。うげげげげげげげ。
さらにタチの悪いことに、こういった妙な優越感ってのは、小さい頃から割と馴染み深いものだったりするんですよね。
うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ。
もーいやぁぁぁ・・・四十を越えると内面が顔に出るって言うし・・・二十年後がエライ恐ろしいわぁぁぁ・・・。

更にまた別の話で。

さっき、ニーチェ入門とやらを読んで得意になってるのが鼻持ちならないと言いましたけど。
先日の日記で、考えたところで結局すべてが分かるわけないって書きましたけど。
でも、考えなくちゃいけない、と思える気がします。
まず、まぁ結局直感なんですけど、誰しも自分で考えなきゃいけないんです。哲学はもちろんだろうけど、数学でも政治でも歴史でも。他の誰かの言うことに飲み込まれちゃいけないんです。
そして、普段くだらないことでも色々と考えていれば、きっと思考力が強くなるんです。(今日の塾の国語の授業で思った訳なんですけどね。)
きっとそれは、知性が鍛えられるってことで・・・。
これには私、無条件に憧れるんです。


貧弱な話の展開だって分かってるつもりです。あとで読み返したらギャッって飛び上がっちゃうだろうってのも大体分かってます。
でも、何かに書き留めておかないと、これから先に進めないので・・・。


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