雑記帳
日々の感慨、経験、その他をつらつらと

2001年06月03日(日) 私の学校

この間、お気に入りの雑貨屋さんのおばさんとおしゃべりしてて驚いてしまったんですけど、
コギャル(笑)やカツアゲや「やりたいことが見つからない人」や「すぐキレる人」のなんと身近なことか。
もう大分会ってないけど、中学の時の友達もやりたいことが見つからないそうです。近くの駄菓子屋にたむろしてる小学生をカツアゲするこの上なくみみっちい輩もよくいるそうです。
「うーん・・・。何なんだろう・・・?」とぶつぶつ言ってるだけで精一杯でした。嗚呼。
私は全然気付いていなかったのだけど、所謂「最近の子」の症状(?)って全然他人事じゃないんですね。

どうやら、私の学校(と私の周り)には優等生ばっかり集まってるようです。
すぐ暴れ出すような人も居ませんし、皆それほど言われなくてもそれなりには勉強してます。お行儀も割といいですね(打ち上げ行ってもお酒は飲まないし)。
このことも、私は全然気付いてなかった。

すぐ身近にあることなのに、全然見ちゃいなかったようです。
なんなんだろう、これは。
同じニュータウンに住んでて、同じ高校生で、大して違わないはずなのに、
この断絶(大袈裟?)は何。何より、何も気付いてなかった自分は何。
白状すれば、私は「すぐキレる人」の気持ちは分からない。何故どうでもいい細かいことにキレたりするんだろう。何故そんなに神経質なんだろう。
「やりたいことが見つからない人」の気持ちは分からないでもないんだけど、本当は全然わからないわけじゃないでしょう、って思ってる。

この「気持ちが分からない」ってのは流石にやばいとは思いました。
自分の世界が、どんどん小さくなっていってしまう。他の人から見て「嫌味なエリート」になって街を闊歩してもしょうもないわけで。
でも、だからって自分がどう変わるとも思えなくて。
金髪の高校生(男女問わず)がコンビニの前で座り込んでたむろしてたら怖がって避けて通りますし、「やりたいことが見つからない人」に適切な助言ができるとも思えません。そういうのが苛立しくは思えど。

しかしほんと、エリートって何なんでしょうね。
私は「世の中を支えてる自覚のある人たち」だと思ってるんですけど。
普通は、有名高校(?)に行ってたら問答無用でエリート予備軍なんでしょうか?今時そんな理屈もないと思うけど・・・。
私は大して頭がいいわけでもないし、難しい思考に耐えられるわけでもないし、これといって努力もしてないし、要するに大した人間ではない訳です。
(「知識人」という言葉や尊敬すべき大人には憧れますけど、だからなれるって訳じゃないですしねぇ。)
それなのに、一体・・・。
中学の頃感じた、所謂優等生が受ける白い視線の不快感を思い出します。(私はまぁ所謂優等生ではあったんでしょう。)
ああほんと、一体何なんでしょう・・・?

庄子薫クンの抱えてた悩みと同じようなものから、私はちっとも抜け出せません。
あの小説が書かれて30年以上経つというのに。
ひょっとして、時間は何も解決しないのかも知れませんね。ある分野の問題は。

そして、(こういうことには限らず、悩みはそれぞれだろうけど)若人達は何時の時代も悩んでて、でもなんだかんだと自殺もせずにちゃんと大人になっていくんですよね。庄子薫なんてもう60すぎのおじいちゃんですよね。
前はこのことを思うと寒気がしたんですけど、今ではなんだか諦めてます。

(・・・やっぱり話題がずれてばっかりでまとまってないやぁ・・・)


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