ずんだいありー
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| 2003年11月04日(火) |
追悼文集に書いたこと |
近寄られれば離れ、離れられると近づいて。 チンコを憎んでチンコを求め、 自己嫌悪と自己愛をかかえる。
上下、左右、前後逆の方向へ同時に引っ張られていた、 そんな印象を彼女に抱きます。
その苦しみに私は気がつかないまま、彼女の自死から今日、1年を迎えました。
今でもその理由がなんだったんだろうかって思うときがあります。 それが無駄なことであって、本当の理由は多分、これから絶対にわかることは ないと思うんですけど、でもどこかでやっぱり彼女の苦しさをわかりたかった、 それが出来ない自分にふがいなさを感じてしまったりするんです。
今でも、最後、亡くなった右手が握っていた携帯電話の発信先は 誰だったんだろう、何を話していたんだろうって思うときがあるんです。 意味はないんです。 でも知りたいんです。
彼氏と別れた後、彼女が劇的に痩せてしまった時に二人で 新宿の「やまと」なる店で食事をしたことがありました。 そのとき、彼女は臆面も無く、泣き出してしまい、どれだけ彼氏のことが 好きだったのか、そしてそれをバネに次に向けて頑張っていかなくちゃいけないのかを語っていました。 「文学賞を取らなくちゃ」とまで言っていました。 僕は、彼氏の言うことを本気にしている彼女が普段の彼女らしくないと思いつつ、 彼女を励ましたつもりでした。
「愛されたい」という気持ち、それは「寂しい」という気持ちともしかしたら シンクロするのかもしれませんけれど、その想いをこんなにも彼氏に対して 強く持っていたんだなぁって思ったりもしました。 もっと醒めて彼氏のことを見ていると思っていました。
彼女の自死が彼氏との別れに直結しているとは思いませんが、 彼女は本当に彼氏との関係においてはちょっと不思議なくらいに 自意識と自分の存在意義の認識がズレていたと思っていて、 「別れ」=「自己存在の本当の否定」と捉えたのかなとも思ったりします。
生きていて死んでいて、死んでいて生きている。 そんな気持ちを持ちながら生きていた中、自死に至ったのかもしれません。
もしかしたら誰かと電話で単純にoverdose競争を繰り広げたのかもしれません。 そして彼女だけ本当に真摯にそのゲームに取り組んだのかもしれません。 ゲームがオーバーしたのか、ゲームをオーバーさせたのか、 それともステージクリアで今、別ステージにいるのか、判りません。
僕はそのゲームをすることはないけれど、いつか、 僕が別ステージに行ったときには、彼女には、ふわふわとしながら ニューステージの端あたりでちょこんと座りながら私達を待っていて欲しいです。
やぁやぁやぁと、不思議な挨拶をしながら。 ちょっと突飛なくらいの装いをしながら。
重ねてになりますが、最初の命日を迎えました。 ほじょも言ってましたが暖かくてなんだか1年を感じないですね。 でも、もうすぐ、冬到来です。 あなたの土鍋でまた、豆乳鍋でもいかがですか。 あなたがつけた土鍋の底のおこげは私がはがしておきました。 あなたは、豆腐もできる豆乳を買ってきてください。 中野坂上のオリンピックで、で構いません。 遅刻しても構わないから。 あなたの席はいつも用意してあります。 みんな、いつも用意しています。 僕のところまでは一本で来れますよ、中野坂上からでも。天国からでも。 すぐにね。
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