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2002年11月11日(月) 「水平社宣言」の教え

 
 部落の人もそうでない人も、“水平社宣言の教え”といきなり言われても、難しい質問だと躊躇されることだと思います。ワタシがひとつ思うのは、先人たちは「水平社宣言」の中で、あとの世代のわたしたちに対して、依存せず“自律”すること、部落の人びとがそうでない人(の人権問題の解決)とつながることを深くお願いされたのではないかということなのです・・・。


☆平成9年6月定例会
 去る二月議会におきまして、梶原議員から、平成六年十二月から翌年の三月までの間に延べ四十数回にも及ぶ税金での接待、酒席が設けられたとの指摘がございました。私はこんなことがあってたまるか、議場でもやじるぐらい腹立たしさを感じました。同和対策本部長である副知事は、同和行政を円滑に進めるための情報交換だと答弁したようだったと思いますが、私はこの考え方に大きな怒りと不満を感じました。
 我々の先輩は、今から七十五年前に全国水平社を結成して、高らかに世界に誇る人権宣言とも言われる水平社宣言を発して今日に至っています。その冒頭に、「全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ。長い間虐められて来た兄弟よ、過去半世紀間に種々なる方法と、多くの人々とによってなされた吾等のための運動が、何らの有難い効果をもたらさなかった事実は、それらのすべてが吾々によって、又他の人々によってつねに人間を冒涜されていた罰であったのだ。そしてこれらの人間をいたわるかの如き運動は、かえって多くの兄弟を堕落させた事を想えば、この際吾等の中より人間を尊敬する事によって自ら解放せんとする者の集団運動を起せるは、むしろ必然である」、「吾々がエタである事を誇り得る時が来たのだ」、「水平社は、かくして人の世に熱あれ、人間に光あれ」と、地球上の生きとし生けるすべての人間の尊厳を求めて創立されたのであります。
 したがって、酒やさかなによって情報を得なければ円滑な同和行政ができにくいというのは、まさに七十五年前に我々の先輩が警告したように、いたわるかのごとき行政であり、かえって部落大衆を堕落させ、冒涜したことになるのです。まだも言わせてもらうなら、差別行政につながると言わざるを得ないのです。我々の側も第三期の運動を目指し、水平社精神に立ち返り、人間性の原理に覚せいし、人類最高の完成に向かってすべての人間の尊厳を求めて推し進もうと決意も新たにしているところであります。
 これらのいたわるかの行政の誤りと行政の責任とをはっきり区別してほしいのであります。これからの取り組む姿勢と反省を改めて本部長よりお聞かせを願いたいと思います。


☆平成12年12月定例会
 今から七十八年前に先輩たちは、「いたわるかのごとき解放運動が何らの成果をもたらさない。人間はいたわることではなくて、尊厳を受けるべきだ」という高らかな世界に誇る人権宣言とも言うべき水平社宣言を発して、私たちがいちずにこの一世紀間闘い続けて・・・
県民の中でもまじめに解放を願うてきた者にとっては、身を裂かれるような苦しい思いをしながらこの壇上に立たざるを得ない。もちろん、我々の側の反省すべきは当然反省すべきだと思いますが、これをここまでこういう不正な貸し付けをした行政の責任は、私は極めて大きいと思います。
  そして、きょうのような事態になったときに、それでも私はなぜ委員長や副委員長は真実を述べることに拒否反応を示したのだろう。私は絶えず、真実が明らかにならないところからは前進はないと思っています。そして、改めてそのときに「解放の運動家とは」という先輩の書いた書類やらさまざまを読みました、今。七十八年前に水平社をつくった我々の仲間は、解放運動とは人間性の原理に覚せいして人類最高の完成に向かって進むのが解放運動だ、それでこそえたであることを誇り得ると、そして常にその活動家は自己を犠牲にしても大衆の利益が優先されなければならないと。私たちは厳しく諭されながら解放運動をやったものでした。
 私は、あの偽証罪で問われた二人も、そういうとうとい信念を持って解放運動の長におさまっておったと信じております。また、あの時代の社会的背景を見ても、たくさんあった縫製工場が次から次へ閉鎖をされ、賃受けで縫製工場の経営を維持することが非常に困難な状態になっておったというのも事実です。
 先日、山本元副知事は、あの当時の状態からいえば私の政治的判断には狂いはなかった、必要だったとはっきり述べられました。うちの二人も、そのことを胸を張ってなぜ言えなかったのだろう。後で資料を見るところによると、平成三年から四、五、六、そういう要求をしよったことも後で知りました、私は。固有名詞を出さなかったから安原構想とは無関係だということは社会的には通用しないと、私でさえ思います。しかし、その要求は運動側としての正しい要求だったと私は今も思います。それをなぜ胸張って言えなかったのだろうと思います。それを受けた山本元副知事は、胸を張って、あの当時の社会的背景からいえば、ああすることが同和対策にとって大切なことだと言い切っています。
 それをなぜ知らず存ぜぬ。三役が安原構想に加わったではないかと言われても、それは個人的に出たのであろう、知らない。今いずれも当時のその三人とも他界されておりますが、あの人たちといえども、個人的にそれへ加わったとは私は考えられません。だから、まず真実を述べて、その当時必要だったということを自信を持ってなぜ言えなかったのだろう。本当に残念でなりません。
 
 そして、元副知事はすべて自分でやったと言っておられますが、きのうの知事の回答でかなり知事もそのことでは反省して、そして県民にお断りをした。私は、このことで大体は追い打ちをかける気はございませんけれども、もう一つ私たちの立場にすれば、知事さん、もちろん県民全体には迷惑をかけましたが、なかんずく本気で同和対策に、差別をなくする人権のとうとさを……。同和対策とは特定の人の頭をなでることでも、いつぞや梶原議員に指摘されたように三カ月で四十何回も同和をだしにお酒を飲むことでもなかったと思います。あの二十六億円がどれほど部落の、知事も昨年お会いしていただいたあのおばさんたちを喜ばすような結果になったのか、一体同和地区の仕事保障にどうつながったのか、私はそのことに、もう一つ心を込めて一言言葉をいただきたいと思います。


☆平成13年6月定例会
 いつどこで話しても、真っ当な解放の理論。いわば、水平社宣言の中でたびたび申し上げますように、えたであることを誇り得るというのは人間の生き方を問われます。私は内へ向いても、「本当に集会たびにその宣言を読まれるけれども、えたであることを誇る人生を毎日毎日送りゆうかよ。へごなことをしたり、利権あさりをしたり、借った家賃を払わなかったり、住宅新築資金を滞納したりするようでは差別はなくなりませんよ」と厳しく問うて、それを実行しました。県営住宅の家賃の滞納も、私は何百万円も徴収に力をかしました。問うてみてください。不正入居もね、ともどもに出しました。
 それから、今度の見直しにいたしましても大変気に入らんことがありますけれども、それは後にしましても、私はやっぱり今度の知事の反省の仕方にはいささか疑問を持たざるを得ません。私は失敗はだれもあると思います。聖人君子であると言われた弘法大師でも、再び通らないという道を七たび通ったということをよく教えられました。私は全く平凡な人間ですので、失敗や間違いだらけの人生でしたけれども、私は先輩から教えられた。失敗は成功のもとと言われるのは、その失敗のとき、間違いのとき正しく自己反省をすることが大事じゃと教えられました。自己反省をすることが大事、責任を人に転嫁する限り、同じ間違いを2度でも3度でも繰り返す。だから失敗を恥じることはない。けれども、そのときの反省、他人に責任を転嫁することでは自己の成長もないぞと、私は先輩からるる教えをこうむりました。
 
 
 これほどの5,380億円、道路もふえました、公共の建物も建ちました。私はね、この運動の核になったのは、自信を持って言えるのは、部落解放同盟が核でした。それから皆さんね、行政6団体の方たちの同意も得、あるいは共闘の皆さんのお力添えもしながら、最後まで反対をされたのは共産党の皆さんでしたけれども、私たちは懸命にこの制度をつくり上げた。私はその見解についても、解放同盟に対する評価も改めてあなたに聞きたい。私はこんなことを言われたらね、これはまこと大変ですよ。こればっかり言いよったち長うなりますけんど……。
 けれども、私は再三申し上げましたように、今度のモード・アバンセの問題にしても、私は企業を育成するために連れてきたのではございません。この前も言いましたように、南国市と土佐町と室戸市へ来ちょった業者がそのまま夜逃げをして帰った。調べてみてください、恐らく歴史始まって以来初めてのことだと思うが、南国と土佐町は御用納め以後に臨時議会をやって、それを補償しました。それを一つの契機に、縫製加工をしていないけれども婦人部長をしておった私が組合長になった。だから、その当時の県の記録も見てみてください、寺尾孔明さんの時代じゃ。実に立派な共同作業所運営規程というものをつくっていただいて、行政が常に目を光らせながら無償提供しちゅうがですきね、行政財産を。それこそ糸と技術と布とさえ持ってきたら。だから、一定の就労保障、賃金保障、これをするべきだというきちっとした要綱もつくっております。あなた方が何十年も前のあの覚書を出すがでね、それを見てみてくださいや。そのとおりしちょったら、私は今度の事件はなかったと思いますよ。
 だから、私は今度の事件は、あの警察の調書から高新の「黒い陽炎」を見てもわかるとおり、日本でも例を見ない重要な事件として、何やら法務省からこう上げないかん事案のようですね。それもモード・アバンセより背任の方の罪が重い。私は大変気の毒に思います。保釈さえきかない。こういう事件、私は日本じゅうにないと思う。その原因があたかも同和対策にあった、部落、これに関係が深いと言われるような総括は私は絶対に承服しがたいのです。何ぼ私んくが貸せ言うてもね、貸したのは行政だと思います。判断の間違うたのは行政だと思います。そうでしょう。強盗でもあるまいし、突きつけちょって判をつかしたのでもあるまいし。責任をね、同和地区の人、部落解放運動に転嫁しないでください。





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