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2002年07月25日(木) 姫だるまの部落問題2002

2002年06月11日(火) 「部落は血族結婚が多い」は教育の中で植えつけられてきた差別意識である

 保育所で
 
 1980年、滋賀県犬上郡甲良町と多賀町の保育園で 全園児を対象に調査票を使って「園児の本籍、両親の学歴、職業、さらに住宅環境として自家、借家、社宅、間借、部屋数、年間収入、備考として、血族結婚、ろう、盲、色盲、大酒飲み、精神病」等を問う調査を実施していたことが明らかになりました。
 しかもこれは 高知県須崎市須崎保育園で使用していた調査票を 園長個人の判断で入手して使用したものでした。

 大学で

 1979年7月、早稲田大学において、宗教研究の講義中 永井という千葉県出身の教授が「私の村の隣には きちがい部落があるが、こうした部落では近親結婚が多く、だいたい1割の割合で きちがいが出ている。私は結婚相談をされた時には きちがい部落の出身者が相手なら注意することにしている」と講義したことが明らかになりました。

(どちらの記録にも 差別的表現が含まれていますが 事実を知っていただくため 原文のまま 記載します。)

 ワタシは、「部落は血族結婚が多い」という考え方が今も残っているとしたら、それは 幼児から対社会において 日常的にこのような差別観念、差別教育の注入を受けることにより 当然なもののごとく錯覚されたためと見るのが 自然であると思います。
 それが、この国の一部の人に 永く思想的、感性的支配力を持っているのだと考えます。
 「部落は血族結婚が多い」という考え方に対しては、何より部落出身者の方が「事実無根だ」と否定しておられます。
 
 一方で、婚姻の自由という基本的人権を 部落出身者が侵害されている現実を隠すつもりはありません。
 また、最近は都市化現象の中で 部落と部落外の結婚が増えてきていることに関し、多くの結婚が その後も部落外から猛烈な反対・圧力を受け 危機的状況を迎えている現実も(その逆のケースも)、隠すつもりはありません。
 
 それでないと(現実を見なければ)、この国の人々の人権感覚は 現実を無視した とても非科学的な、主観的なものに陥りがちだと思うからです。
 結婚にまつわる差別事件が 現在もあとを絶たないことが それを端的に現していると思います。

 1971年、大阪市住吉区の 浅野佳代さんの結婚差別事件では 彼女を死に追いやった恋人の母親は 同和教育の教師でした。彼女は徳島の出身でした。
 
 同じく1971年、京都府宇治川モミジ谷での 池上誠さんの結婚差別による自殺は、一度目の自殺未遂の後、「お前まだ生きとったんか」という言葉を 恋人の父親から投げかけられたのが引き金となりました。それから3ヵ月後、彼は自分の父親に「くれぐれもK子(恋人の名)をうらまないで下さい」と遺書を残して亡くなりました。彼は高知県宿毛市の出身でした。

 個人は、この国のこれらの現実に対し、差別・偏見に感染せぬよう、自己管理する必要があります。


「しんどい」人を定義することはできないが。

 義父(ダブルっちの祖父・六六歳)は5年前、脳神経外科手術を受け、術後は「障害」認定を受けリハビリが課されたが、積極的ではない。自宅のあるムラを朝夕散歩するのみ。義父の息子の一人は、サッカーの授業で級友の蹴りをまともに受けて大腿骨折し、一時は歩行も危ぶまれたが、リハビリで完治していた。また、蹴った級友は最後まで名乗り出なかったが、息子は「事故だから」と親にすら打ち明けなかった。「だからあなた(義父)もやろうと思えばできるはず」という叱咤激励は、義父には効き目が無かった。これは強者の論理だった。
 
「自分は部落の誇りがなくても、やってこれた。だからあなた方(部落差別とたたかってきた人)も、やろうと思えばできるはずだ」という論理が、最近出てきた。

これはなぜだろうか?

かつて、「部落差別から逃げず、差別をなくすために何か行動する中で、自分は変われた。だからあなたもやろうと思えばできるはずだ」と言って来たことのしっぺ返しだろうか。
単純に言うと、話し合いで「強者」側に立つ人が、「部落の誇りがあって差別とたたかっている人」から「部落差別をなくすために何もしない人」に変わってきた。

 このことは、部落解放の運動に取り組んできた人びとの信じた理論が、他の部落の人たちの生活実感からかけ離れていたことや、差別の起源を江戸時代の政策に求め、悲惨さを強調した歴史認識とも、無関係ではないと思う(部落解放運動も、明治政府が国家的な教育のなかで作り上げた「江戸時代は、士農工商の身分制度に基づく封建制度の時代」という常識から脱しきれていなかった)。
 けれども、部落解放運動は、明治政府が神話を事実とした天皇中心の歴史に対しては、はっきり批判を行ってきた。
 日本人を「血統」の上で天皇につながる優れた「大和民族」であると教育で刷り込み、アイヌや琉球の人びとの個性の無視、朝鮮半島の人びとへの蔑視感情を植えつけたものとして。「天皇の軍隊」として「皇軍」と呼ばれた軍隊が、後に「南京大虐殺」問題、「従軍慰安婦」問題などになっていく、驚くべき実態を持つ軍隊に形成されていったことに沈黙しなかった。
 
 ワタシは部落解放運動がたどってきた道は、最善に近い道であり、もっと評価されなくてはいけないと思う。そのうえで、「自分は部落の誇りがなくても、やってこれた。だからあなた方(部落差別とたたかってきた人)も、やろうと思えばできるはずだ」という論理が出てこないものかと思う。

 
 一方で、「部落の誇りがあって差別とたたかっている」側も、「部落差別をなくすために何もしない」側も、「自分は部落出身者であるが、『差別されたことのない者に差別の痛みがわかるか!』のような被害者意識はない。だからあなたもやろうと思えばできるはずだ」の論理は言ってきたと思う。つまり「被害者意識のある人」に対しては 共闘を組む。「被害者意識のある人」は共通の「弱者」だったと思う。
 
 ワタシ自身は、部落問題で「部落でない者に、部落差別の痛みわかるか!」と言う人に言葉を失った。こう主張する人を最もしんどい人(失礼な言い方をすれば、弱者、重症の人)と感じてきた。
この間のいろんな話(健常者で語る「障害」者の性、介護不要者で語る要介護者の実態等)で、どうも、部落問題で最もしんどい人は、
「部落でない者に、部落差別の痛みわかるか!」とも言えない人、もっと言えば「どうせやっても無駄(部落差別はなくならない)」と心で考えている人ではないか、という視点ができあがりつつある。感謝していると言っては変ですが、多謝〜(イソベッチに習った中国の言葉です)。
 では、「部落でない者に、部落差別の痛みわかるか!」とも言えない人、「どうせやっても無駄」と考える人にこれからどう声かけしていったらいいのだろうという問題が次にくる。
「そのような考え方では部落と部落外の溝は深まるばかり」とか「差別する側もされる側もどちらも被害者なのだから」とか「被害者意識を持ち続けることで損をするのは結局あなた自身」などと、ワタシがここでまじめに語っても、その方にとっては毒になるだけだと思う(部落差別に対して自分が何もしなくて申し訳ないが、できればもっと気楽に生きてほしいと、思われるだけだと思う)。
 ただ、部落差別を憎むいろんな立場(宗教者、歴史学者、心理学者、人権関係者・・・)からの取り組みは実際ある。「どうせやっても無駄」とその方が感じるのは、狭い視野で考えた結果かもしれないと疑うことだけはしていいと思う。
 だから、ワタシの立場から言えることは、「いろんな人権サイトを覗いてくださいね」それだけなんでしょうね。悪いのは差別だから。

部落と部落外の溝はお互い謝れれば埋まると思う

余談ですが、

「ダブルっち」は ボク(四歳男児)が生まれて 少しヒトらしくなった時(二歳児くらい)に ハハ(姫だるま)がネットを始め 自分より先にボクのHNを思いついた。ボクにもいずれしてもらいたいと思っていたのかどうかは知らん。で、つけたHNを そのままHP名にして 部落問題HPを開設しちゃった。安易か?開設前いちおチチ(部落出身者)には声かけしたらしいが この夫婦の歴史には珍しく 「ダブルっち」は無事チチの賛同を得る。まぁ、ボクのチチは 単にちゃらんぽん好きだったのだろう。他のみなさんの受けが気になります(ハハ談)。

さて、本題。

部落と部落外の溝は、ぶっちゃけたところ、ないところにはない(1)し、あるところにはある(2)だと思います。

ワタシは「部落問題は部落出身者が中心」と頭にたたきこまれましたが
その言葉の意味は
「自分のことは自分でしたい、語りたい」(融和からの脱却、自立)
であり、水平者宣言の教えにのっとったものというふうに理解しています。

被差別体験ある人は(部落の友だちにも 被差別体験ある人とない人とがいます)
自分は「こうしてほしい」というか、
「こうしたい」も
”語り”の結びで言われると、現場では聞こえがいいようです(3)。

その前に、
”語り”(部落)で「こうしたい」が言われなくても
”聞き”(部落外)は それを 汲み取るべきですね(人間には想像力があるのだから)。

現実には(実社会・実生活では)、
友人は 被差別体験ない人であったが
親友(部落)が部落差別体験をしたら これは放っておけませんでした。
同様に
恋人(部落外)が別の差別体験(女性差別、精神障害者差別等)をしたら
「オレもいちお、部落差別、肌で感じてるから」と 
こちらも放っておけませんでした。

そういう、
「自分が実社会でどうしてきたか、どうするのか」の意見交流だと
意味があるというか わかりやすいというふうに思います。

ただ、
管理者が関わっている範囲(ここダブルっち村 )での論議が、
すべて意味あるものだったのも事実です(←楽観主義)。

補足1)ワタシの友人(部落)で、自称「温室育ち」の(高友・大友の指導者は部落内外の人であった。また部落研は部落より部落外の人の方が多い環境にいたことをさして言っているのだと思う)女性は「部落出身者は近道にいるだけ。部落問題はみんなの問題」という考え方をしています。「なぜ部落問題に関わったのかは、私の場合、自分が部落であるからでは、部落外の人がなぜ関われるかを説明できない。だから、理由を聞かれたら、親友が部落差別を受けたから これは放ってはおけないということで一緒に悩んだと言うようになった(それで自身が出身者であることは言わなかったのだ)」と聞いています。

補足2)掲示板でも「わしが部落や思て、わざとそういうことしたな」みたいなことを言う人の存在が部落と部落外の溝を大きくしているのではないか、また、そういう人は部落出身者にとっても迷惑な存在であると思うから、変に被害者ぶったり、ましてやそのことによって不当な利益を得ようなどと考える輩をこそなんとかせにゃならんのではないかという論議がありました。具体的に、誰がどうすることが一番必要なのでしょう。本人の身内が無理なら、本人と誰かがまず友達になって、迷惑かけた人々に一緒に謝る、借りたものはちゃんと返さすということが、溝を埋めていく作業になるかと、イメージとして、そういうことを思います。

補足3)昨今、人権サイトの掲示板でもようやく、三十年、四十年前子どもだった人の部落問題のお話が聞けるようになり嬉しい限りです(インターネットを二十代、三十代が牛耳っていたこれまでは、偏った世代が言い放題の場という感がありました)。まず第一に含蓄があります。それから、どの方も教員から受けた部落差別が一番痛手として残っているというお話は注目に値すべきものでした。
とはいえ、これが学校現場で行われたら、子どもたちの反応はどうだったでしょうか。ひと昔前の世代の方の被差別体験を聞いた率直な感想は「三十年も、四十年も前のお話だから、今とは違う」であったり「ボクらワタシらがあなたに何かしたか」であったりするのは仕方がないこととしていったん認めてやって、他にありませんかと粘り強く聞いていけば「先生がそんなことするなんて驚いた、信じられない」というような発言もきっとしてくれることでしょう。だから語り継いでいただきたいのです。
たとえ学校現場はご遠慮なされても、ご自分のお子さん、お孫さんには語り継いでください。
うちのダブルっちちゃん(四歳児)の祖父母は まだまだ遠慮されているのですよ。祖母はともかく、祖父、父はワタシが里帰り時、部落問題の話を出すと「うむ」と言って席を立つというパターンが続いています。でも祖母は、ワタシ一人を相手にでも 根気欲話してくれています(うちに限っては部落であっても女性より男性の方が 部落問題をタブー視する傾向が強い。単に面倒なだけとでも?どうよ)。
学校の子にはすぐには無理でも、自分のおじいちゃんが部落差別受けたという話を聞く体験は、部落問題が他人事ではないダブルっちちゃんにとっては、差別に対する怒り、差別に負けない力に直結するわけです。体験を通してしか学べないものってあると思います。
そういうわけですから、どうか三十年、四十年前子どもだった方に部落差別体験を語り継いでいただきたいと思います。同時にその方たちがされているように、「同和教育の廃止」を言うような先生にはならないでほしい、結婚差別をする親にはならないでほしいというようなお気持ちも、子どもたちにわかるように伝えていただきたいと思います。

「何を、誰が、いつ、どこで、どんな目的で、どんな方法によって」が知りたい

 これまでの同和対策、同和教育を見直し、同和問題、部落差別は「見ざる言わざる聞かざる」の手法で解消に向かえると結論を出した人がいました。
 部落差別にふれることをタブーだと思っている従来の人々と 同じ結論を出したわけです。
 (そういう考え方を間違っていると言うつもりはなく、かといって、考えを理解することもできないワタシですが、考え方の背景を理解したいという気持ちだけは、人一倍強いと思います。また、世界の人権擁護の潮流は無視できないものとしてあり、これから紹介はしますが、それを持って自分の考え方が正しいと言うつもりもありません。)
 
 かつて「見ざる言わざる聞かざる」の方法で二百六十年間 安寧した時代がありました。はたして、それが二十一世紀にも通用するのかといった視点で、少し考えてみました。
 
 結論から先に述べると、国際化の時代を迎えた二十一世紀、次世代に「見ざる言わざる聞かざる」を引き継ぐことは、国際人の育成という世界の要請に逆行するものであり、島国日本ならではの発想なのでしょう。

 ただ、「見ざる言わざる聞かざる」を主張する人のバッグ・グラウンドに何があるのかを探ることは 一番意味のあることですが、今まであまりされてきませんでした。
 
 今回それを問うたことにより、自分は成人するまで、部落問題をまったく知らず、部落問題を独学で学んだので差別、偏見を持たずにすんだとか、自分の地では部落差別はほぼ解消しているとかいった原体験が明らかになりました。
 しかし「自分の地では部落差別はほぼ解消している」という時、親も、きょうだいも、小・中学校を一緒に過ごした友人たちも、「成人するまで、部落問題をまったく知らず」だったのかどうか等を聞いてみるという行動を 実際に起こしたのかどうかということを思います。実際問うてみると、その人たちは、部落問題に対する自論・自説を持って行動を起こさなかったことを正当化してしまうのでした。
 
 そうして、知識だけ持って実践を伴わなかった主張は、傷を受けていないので、とても綺麗なのでした。

 国際化、地球市民とは外国に行くとか外国語が喋れるとかいうことではなく、あらゆる人に対して差別をしない人になることだといいます。
 まず自分から一歩出ること。家庭、地域といったくらしの中で 具体的にどう実践していこうかと考えを巡らすこと。それが、世界という大舞台に立ちうる自分育成につながると、ワタシは信じたい。
 
 
 カリフォルニア出向中の義弟にも確認してみたところ、今年、アメリカでは一月二十日はアメリカ黒人の地位を向上させ、人権差別撤廃をめざした黒人リーダー キング牧師の誕生日(15日)を記念しお休みだったそうです。テレビ・コマーシャルでは、生まれたばかりの赤ちゃんが画面に現れ、「生まれたばかりのこの子には、差別意識など全く無い。そのまま差別の無い人間に育てていくためには、家庭や地域社会からまず差別を無くそう!」というタラップが流れているそうです。
 ひるがえって日本は、次世代の人たちにバトンタッチできるものを何か作るという発想では非常に遅れているのではないでしょうか。
 事実、国連を通じて世界の人々は日本の部落問題を知っているのに、この国の人々は部落問題を説明できないという状況にあります。
 
 次はBBSでの対話です。
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「部落問題とはどういったものかということを正しい理解をしてもらうために、説明するとどうしても長々と話してしまうということによくなりがちですが、最近、私は毎週水曜日に英会話に通っているんですが、そこで部落問題の話になり、英語で説明しないといけなかったので、日本語でも説明するのにも困難なのに、そのうえで英語になおさんといかんので、かなりのむずかしさがありました。ていうか、ほとんど伝えきれてなかったですわ(泣) まあ、私の語学力不足もあったんですけど、部落問題は世界の中では理解しにくい差別(見えない差別だからといわれた)のようで、日本特有の差別であり、日本人でも理解しにくいものが、ましてや外国人が理解するのにはかなり大変なことがわかりました。
 でも、その英会話の先生は、しかしながら、今現代の日本社会における部落問題にたいするマイナスイメージ的なとらえ方といいますか、価値観といったらいいんでしょうか、そんなものがすでに刷り込まれていたようで、
�”�落という言葉は使ってはいけないと聞いた
��部落問題は日本人に対して話していけない、触れてはいけない問題であると聞いた
といったようなことを英語で言ってました。

 ほんまに、部落問題を伝えることはむずかしいわ・・・。」
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「見える」違いが差別の根拠になるなら、なぜ「白人差別」とか「健常者差別」が無いのですかと、お尋ねしてみられるとか・・・。結局ののところ、差別は、白人が自分たちの利益を追求する上で、黒人の肌の色が黒かったことが都合よかったということではないでしょうか。差別を「見える」「見えない」で区別してしまったら、「見える」=「ゆえある」黒人差別をする人がいるのはやむおえないけど、「見えない」=「ゆえなき」部落差別をする人はけしからんということにもなりかねない。だからやっぱ、差別の根っこはいっしょだということで、部落問題にも触れてもらわんといけないと思います。それには、周囲(日本に住んでいる私たち)がまず変わらねばと思います。
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 手元にある、ルース・バージンさん(愛媛大学農学部留学生担当講師)の「外国人の見た日本人の人権」の記事(愛媛県同和教育協議会会報より抜粋)には、「アメリカの多くの人は差別をなくすることはとても難しいということは分かっているので、心を痛めています。でも私たちはその問題が存在することは知っていますし、その問題について何かしようと努力している人もたくさんいます」とあります。


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