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2002年07月07日(日) 人種差別撤廃条約1965〜2001

人種差別撤廃条約、すなわち「あらゆる形態の人種差別撤廃に関する国際条約」(The International Convention on the Elimination of All Forms of Racial Discrimination) と 在日外国人、部落差別の撤廃について


1. decent:「世系」ではなく「門地」だっつーの。

 この条約は「同対審」答申と同年の 1965年に国連で採択され、最初の同和対策事業特別措置法が制定された同年の1969年の1月に、27カ国の加盟により国際条約として発効しました。日本は1995年12月、村山内閣の時 146番目にようやく批准しています。故市川房枝議員が政府に早期批准を迫ってから 25年もの月日がかかりました。
 条約は 対象となる「人種差別(racial discrimination)」を「人種(race)・皮膚の色(color)・世系(descent)・民族的・種族的出身に基づく差別(national or ethnicity)」と定義していました。この「世系(decent)」をどうとらえるかが、検討課題としてまず様々な国で論議されました(「世系(descent)」についての議論が一番早かった国は インドで、インド政府は日本政府と同じく、カースト制度に基づく問題は条約の対象にならないという態度を取っています。またカースト制度の問題はネパールやモーリシャスやバングラディッシュにもあります)。
 英語で書かれている「decent」は 一般的には「門地」と訳され、この条約を日本で最初に紹介した龍谷大学の金先生もこれを「門地」と訳しています。憲法にも同じ「門地」が使われおり、そこでは明らかに社会的差別まで含んでいました。「門地」は、普段使われる日本語では「出身」や「家柄」に当たり、当然部落差別も対象になりました。そこで日本の外務省は 条約の解釈として「社会的差別までは対象にならない」、「『門地』と訳せば、憲法と整合性が取れなくなる」(外務省筋)との立場をとり、日本語ではなく中国語の「世系」を採用しました。
  
2.人種差別撤廃委員会(CERD)は 日本政府の 在日外国人に対する考え方についても懸念、勧告した。

 さて、この条約では、本来加入してから1年以内に国内での実施状況についての報告書を国連・人種差別撤廃委員会(CERD)へ提出する義務が課せられています。しかし、日本の政府報告書は、2000年の1月にようやく第1・2回報告書としてまとめて提出されました。その後、報告についての審査が行われ、2001年3月20日にCERDは21項目の勧告を含めた日本政府報告書に対する「最終所見」を採択しました。
 この最終所見で 日本政府は21項目の懸念事項及び勧告が突きつけられました。
 
 まず、日本政府の報告書は被差別部落民の問題を隠そうとしていると指摘を受けた尾崎課長の「『descent』はあくまで人種や民族、更には種族による『descent』を意味するもので、部落問題のような同一民族内の社会的出身を理由にした差別まで含むものではない」という答弁に対し、「条約の第1条に規定されている人種差別の定義の解釈に関して、委員会は締約国とは反対に『世系(descent)』という文言が独自の意味を持ち、人種や種族的出身、民族的出身と混同されてはならないと考える。従って、委員会は締約国に対して部落の人々を含む全ての集団が差別に対する保護、及び第5条に規定されている権利の完全な享受を確保するように勧告する」とされました。CERDは 部落差別も「descent」に含まれると断言しました。

 また、石原慎太郎東京都知事の「三国人発言」について指摘を受けた尾崎課長の「第三国人とは単に外国人を指したもので、また石原都知事はその後、在日外国人の人権を積極的に守っていくとの見解を表明しており、差別の意図はなかったので問題はない」というの答弁に対し、委員会は「高い地位にある公務員による差別的な性格を有する発言並びに、特に第4条-Cの違反の結果として、当局はとるべき行政上又は法律上の措置をとっていないこと、及び当該行為が人種差別を扇動し、助長する意図がある場合にのみ処罰されうるという解釈に懸念を持って留意する」としました。

 そして「義務教育というものは日本国民を育てる教育であるから、外国籍の子どもたちに強制するわけにはいかない」という日本政府の考え方に対し、CERDは「義務教育における民族教育を認めるべきだ」と指摘しました。
 在日韓国・朝鮮人に対する差別撤廃の問題については、日本政府報告書審査の担当者であるバレンシア・ロドリゲス委員は、在日朝鮮人に対する暴行等の事例をみたとき(この時、民族衣装を着た学生に石を投げつける行為も指摘されましたが)、日本の現在の刑法では不十分であり、国内法を整備が求められる、また 第5条にもあるように外国人の排除は差別であり、地方参政権について統一的な見解を出すべきであると指摘しました。

*参考資料
「21項目の勧告突きつけた国連・人種差別撤廃委員会『最終所見』 友永健三さん(部落解放・人権研究所所長)
「半月城通信」 

*参考1.人種差別撤廃条約に対する定住外国人の反応(国内の定住外国人は百三十五万人でその半数近くを韓国・朝鮮籍が占めます)
 
在日本大韓民国民団の徐元チョル国際局副局長は「遅きに失したが、我々にとってはよって立つ根拠になる」と評価しました。同氏は今後の方針として、各種の法律で対象を日本人に制限した国籍条項の撤廃を求め、
   1)公務員採用と地方参政権
   2)民族教育の制度的保証など民族権
   3)戦後補償などの社会補償
などの実現を迫っていくとのことでした。
 一方、在日本朝鮮人総連合会も「批准を全体的には肯定的に受け止めている。これを契機に差別をなくしていかなくてはならない」と語っています。

*参考2.「三国人発言」について
 
石原という病原菌(デジタル朝鮮日報、社説 2001.4.11より) http://japan.chosun.com/

 作家出身の石原慎太郎東京都知事が数日前、陸上自衛隊の創隊記念式典の場で「不法入国した多くの“3国人”と外国人が凶悪犯罪を犯している」とし「大きな災害が発生すれば彼らが騒動を起こす可能性がある」と発言した。われわれは率直に言って一介の都知事の主観的見解に対応する価値を感じない。ただ、われわれは軽蔑する気持ちと同じぐらい、日本の狂信的な極右がいまでも存在している事実に唖然とさせられる。
 彼がいうところの「3国人」が在日韓国人と台湾人を指すのかどうかには関係がない。われわれがあきれていることは、一部といっても日本の官僚や知識人が他者をみる視線にあり、あまりにも偏狭であまりにも自己中心的だという点だ。
 石原の発言は自国の国民は立派で外国人は「潜在的犯罪者」という考えだ。世界が一つの共同体へと進んでいる最近の状況で、どの国であれ外国人と共に住むのが当然なのに「外国人を敵」としてみていることは、国粋主義を超え国際社会で日本を孤立させ自らを滅ぼす行為だ。
 日本のマスコミや知識人の憂慮もそこに由来する。『毎日新聞』は「現職知事の発言は外国人差別として映る」と報道した。『朝日新聞』は「在日外国人を中心に強い批判が起きている」と伝え、『読売新聞』は「在日韓国人をはじめ外国人を蔑視する発言」と指摘している。
 われわれは外国人との共存を考える知事が、かえって「旧時代的な発想に基づいた穏当ではない発言をしたことに憤怒とともに危険性を持たざるをえない」と在日民団の見解に全面的に同意する。


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