| 2001年03月28日(水) |
ミキ・ママの「ハーフではなくダブルだっつーの」 |
2694 【部落と部落外のママさんパパさん集まれ(笑)】
★ 2004/04/14(Wed) 03:41
LANの配線で二分されたような おうちに暮らしていたパパとママ。
そのLANの裏の 両面テープを剥がして LANを手繰り寄せて 縄跳びしようなどと目論むダブルっちちゃん。
まだハイハイもできない頃は ママが強制抱っこで LANのこちら側に連れてきて ムラへの発信をしていたのに。
LANのあちら側から パパが一人寂しく マチへと出勤していたのに。
”部落と部落外の子どもダブルっち”
「マチに住めば マチの子として育てるのが 自然じゃないかなぁ」 (パパの個人観)
「部落と部落外の子どもは やっぱムラの子かなぁ」 (ママの個人観)
パパは昔から 「私は一人で大きくなりました」 という顔をしてないところが スゴイよね。
きっと ムラのオジイチャン・オバアチャン・ご近所の方たちの愛情につつまれて すくすく 育ったんだね。
ダブルっちちゃんにも それは きっと受け継がれる(マチにいても)。 ”パパのようにすくすく育って欲しい” という気持ちが、ママにあるから。
だから、ママは 「部落と部落外の子どもは、マチにいてもムラの子」 とこだわるのかも。
パパは99% ムラの親たちの子育てに満足している。
残りの1% ダブルっちちゃんを マチの子として育てることが ムラの親である自分が 子どもにしてやれることだ (自分はしてもらわなかったが)と思っていると思う。
1%というのは 無意識のレベルなのだから ダブルっちちゃんは そのことを指摘しない方がいいかもしれない。
ママとのお約束にしてもいいかな。 なぜか まるで マチの子どうしの結束(!?)。
by 姫だるま
部落と部落外の親から生まれた子どもを「ダブル」と呼ぶことについて 混血児が「ハーフ」と差別されることに抗議し、我々は「ダブル」であると世論に訴える運動は今も続いている。 当時、部落研主催の講演会、学習会等の講師を時々お願いしていた解放同盟T支部のT氏は、同僚との会話の中に、部落と部落外の親から生まれた者をさして「ハーフ」が使われたことがある例を出して、彼らも「ハーフ(半人前)ではなく、ダブル(2つの文化を合わせもつ者)だっつーの」と繰り返し提唱されていた。自身が「ダブル」の親であられた。彼以外に提唱者はなかった。それを15年以上経て、ここのホームページの副題に無断で使わせていただいた。
・アメラジアン AmerAsian とは
アメリカン(American) と アジアン(Asian) の間に生まれた子どものことです。
ここ沖縄でいうアメラジアンは、父親が米軍人・軍属であるケースが大多数です。 沖縄には、1千人とも2千人ともいわれるアメラジアンがおり、教育権が脅かされている子どもたちも少なくありませんでした。 例えば、米軍基地内学校は、米軍人・軍属の子弟は無料だが、・母親一人で生活と教育を支えている場合は年間130万から150万円もの授業料がかかりました。 そこで、同じような悩みを抱える母親たちが、1998年「ハーフではなくダブル」としての誇りをもち、 胸を張って生きていけるようにとの願いを込め開校させた多文化教育を目指すスクールを、アメラジアンスクール・イン・オキナワといいます。 当初は卒業しても学歴として認められず、高校の受験資格がありませんでしたが、 文部省は92年、激増する不登校児への対応策として、学籍のある小中学校長の裁量で「民間の指導施設」への通学をもって「出席扱い」にできるとの方針を打ち出しており、アメラジアンスクールをその「民間の指導施設」と認めた浦添、沖縄、具志川各市など5市2町3村でこれまでに小学生5人と中学生2人が卒業証書を手にしています。 民家を改造した校舎での学習という教育環境も、2001年度、新しい校舎が完成し、改善される予定です。 <参考文献:「アメラジアン−もうひとつの沖縄」上里和美、かもがわ出版1998>
2002/09/08 (日) の日記より 題名:夜ダブ
そうそう、
ボクの「ダブルっち」は 愛称みたいなものと思ってください。うん。 (20世紀後半は「ハーフではなくダブル」なる アメラジアンの人たちの運動が起ったが、 解放同盟支部内では ボクのような子どもを 旧態依然 ジョークで「ハーフ」と言いあっていた。 T書記長さんが「部落問題だけやっていていいのか」と言って回り 結果「ダブル」は一定 浸透した)。
21世紀感覚だと 「ダブルっち」と「純ブラ」の区別をことさら強調すると 「子どもを序列化、優劣付けしてるみたいだよ」って やんわり たしなめられたりします。
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