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■ 陰摩羅鬼読了
陰摩羅鬼読み終わりました。 以下ネタばれ&大暴れですので、まだ未読の方、あるいは関口を愛するセキラーの皆様は気分を害する恐れがありますのでご覧にならないようお願いします。 承知の上でお読みになったあとの、苦情や批判は受け付けませぬ。
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さて、今回の陰摩羅鬼。多分私だけではなく、今まで京極作品を愛してこられた方ならば、かなり早い時点で犯人がわかり、その理由まで察することができたんじゃないのかな〜と思います。そして、それを承知した上で、京極先生は書き綴っていらっしゃったような気がしてなりません。 浅学な私にとって儒教や儒学というものが、鉄鼠の「禅」や狂骨の「精神論」で感じたのと同じように、難しくてその内容のほとんどを理解できませんでした。というと語弊があるのかな、言っている意味は分かるのですが、その意味で構成されるモノの正体が分からないといったところです。 しかし、京極が儒教というものを語った時点、あるいは剥製というものから感じられる予想というのかな、そういったものからストーリーがかなり透明化されていたような感じがしますね。 まあ、すべて最上級の面白さを味わっての感想なのですが。
そいでもって、ここからがね、大暴れです。 私もはもう、純粋な気持ちで京極作品を読めないのかなと感じた瞬間が多々ありまして、榎木津が関口を「タツミ」と呼んだり、京極が「探偵は放っておいてもいいけど、(関口が心配だ)」と言ってみたり、小動物のように眠ったり(京極談)、睫毛が長かったりと、関口オンパレードな感じにがっくりですよ。 別に私は関口が嫌いではなく主役として認めているのですが、なんというのか、これを読んだ関受ファンが狂喜乱舞する姿を想像すると、つい文句のひとつも言いたくなるわけです。まあ、気が弱いので言いませんけど。
しかし、榎京ファンはですね、そんな主流の裏の裏を読むのです。読まなければやってられないのです! さあ根性入れて思い出しましょう。一時的に失明していた榎木津が、最後に五蘊鶴を破戒したとき、彼はすでに視力が回復してます。(まあ、登場の際に「復活したぞ!」と叫んでいるので言うまでもないわけですが) さて、いつ榎さんが回復したのか?それは決まってます。京極と会ってからなのです。京極も憑物落としの前にですね、探偵に話を聞いたと言っているので、間違いなし。 これはもう言うまでもなく、愛 の 力!!(昇天) ハイハイハイ、苦情は受け付けません。なに?里村がついてきたらついでに診てもらったんだろって? チッチッチ、違いますって、これは愛の力ったら愛の力なんです!見てないところで隠れてコソコソやってるんです!だから萌えるんですってば!
フゥゥゥ〜、邪心を吐き出してすっきり。 また皆さんも、感想などお聞かせください。
そうだもうひとつ。伯爵が榎さんを呼ぶとき、あるいは回想する際に「礼二郎」と「礼次郎」を区別して使っていた様な気がするんですが、その謎だけは解けませんでした。変化する(成長する)前の榎さんと、その後の榎さんを区別していたのかな。決して誤字ではないと思ってるんですが。世の中に不思議なことはないが、認知できない部分はやはり「謎」なのです京極先生。
……ああ、それもひとつの伯爵の"瑕"なのかな。
2003年08月11日(月)
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