やくざ風味の日記
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注意:この日記は8月7日(火)も日記内容である。なんで19日の欄に書いてあるかと言うと間違って登録しちゃったからである。そんなわけでこの日記は7日のものと理解し6日の次に読んでもらえるとありがたかったりするのだった。
帰省して四日目。明日にはもう遥かなる北の地に帰らなくってはならんと思うと往復4万かかる哀しさがサメザーメ感じられる。そんな哀愁漂う一日の午後はとりあえずヤマッチとフジーの昼食につきあって喫茶店ですごす。オレはすでに家でバーさんのつくった牛丼を食っていたので食い物は頼まなかった。なんかバーさんオレに食わせたいらしく目がギラギラしてたので怖くて断れなかったのであった。 そんなわけで飲み物だけ注文。コーヒーでも紅茶でもなく『バナナジュース』であった。オレはなぜだか幼少の頃からめっぽうこのバナナジュースたる魔性の飲み物が好きで、今でこそ酒ばっか飲んでいるが昔はどこに行ってもバナナジュースをたのんでいたものだ。ホントに中毒のように常飲していたので、 「オレって…実はバナナから生まれたんじゃないか?」 と見当違いな悩みを抱いていたものだが、勿論そんなわけないし万一ホントなら狂ったように共食いを繰り返す怪男児になってしまうとこだ。結論!食べ物の好き嫌いとルーツは関係無い。だいたいにして幼少の頃、「パンダになること」が夢だったオレ様だが決して笹が好物だったわけではないし、バームクーヘンが好きだったがゲルマン民族の魂をもっているわけではないのだ。ちなみにオレにとってのドイツ人の代表はシュトロハイムとカルツである。 悩みが解消されたオレはにこやかに暑さに脳をやられたアレな微笑を浮かべる。夏真っ盛りだ!!…なんだか今日も何を書いているのか良くわからない夏の午後。
もしオレがいじめにあって自殺したら、この日記で精神分析するのだろうか…
分析結果=ややアレなおたく
一瞬で結果が出てしまった。どうあがいても今死ぬ事だけはできない。「生きようとする意志はなにより強いでゴザル」とかいってた赤毛の侍の気持ちがわかってしまう。奥義発動も近いのだった… そんなこんなで(どんなこんなかは書いている本人にも分からん)メシの後、一回ヤマッチの家に戻ったり、切符を買いに行ったりと確実にイベントを消化しフラグをたてていき、最終イベント「古城公園で人生と運命とモンキーパンチについて語り合う」要約すると「公園で散歩」に突入した。 大きな池の作り出す涼風と絶え間ない蝉の声が混ざり合ってつくられた空気の中、何気なく話している時間はなんとも言えず気持ちがいい。歩くと言うより独特の色をした空間を海のように泳いでいるような感覚。気負いない時間を楽しみながら思う、ずっとこのままで……やっぱよくない。ちょっと歩いたら飽きてしまった。つーかちょっと息切れ。運動不足する夏の午後。
まあ、でも三人で話してて楽しいのはホントである。全員文系だし。話合うのだ。んで、思ったこと。俺たちも年をとった。これは決して老け込んでるわけではなくって、これからの俺たちの行く先、就職にしろ生活にしろ、色んな行動に世間のしがらみがついてきて。だんだん繋ぐっていうか与える側に身をおこうとしている。もちろんまだまだ未熟でこれからなのだが、自然にそんなことを考えて漠然とした不安に襲われてる。「これからどうしよう」って言葉が持ってくる不安は無意識に捉えている大人、社会人って偶像が持ってくる不安だ。さらにそこから外れたい、もしくはそんなものを打ち壊したいっていう欲求も手伝った焦燥も混入される。だれだって好きなことをして暮らしたいのだ。しかしいつまでも素直ではいられない。それを考えると次に「じゃあ、自分の好きなことってなんだろう」って言葉が出てくると思う。自分にとってやりたい事、夢中になれることが無いんじゃないかって考える。しかしオレは思うのだ。ソレは本人が考えているより簡単にしっかりと自分の中にあるんじゃないかと。でも自分が作り上げる生活の中の「必要事項」それによって時間とともに食いつぶされていく余裕のなかで奥に奥に押し込まれ見えなくなっていくのだ。そんで将来っていう凶悪な現実の下、最終的に考える「好きなことをやってるだけで食っていけるか」食っていけるかって言葉は浅いが重い。食っていけるかは生きていけるかの同義語だ。そしてそれは「食わせていけるか」変わっていく。今まで自分がそうしてもらっていたように。 子どもの頃の「将来」は確実に自分だけのものだった。大人になった「将来」は自分だけのものではなくなった。時の中で「将来」は同義語で無くなる。目線が変わっていくよう残酷なほど確実に。こういったことを考えている時の自分は最高に怖がりながら幸せだ。まだ、悩むだけの余裕という自由を手にしているのがかんじられるのだ。
またまたなにをかいているのか…ぜーんぜんわからない、とりとめのないなつのごご。
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