たりたの日記
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抗がん治療、病院に9時半頃付き、血液検査、診察を経て11時から点滴開始、終了4時半。 昨日、書いた通り、ロザリオの祈りをし、3冊の本をたっぷり読み、5時間はあっという間たった。離尿剤のせいで、頻繁にトイレに立つことになるから、座りっぱなしという訳でもなく、身体の不調もない。 本を読まない時には、深い複式呼吸を続ける。ヨガクラスでよくやくるように、吸う息時共に、足首を手前に折り、吐く息時共に、足の甲を伸ばし、足の裏が床に着くように。 また、ヨーガ療法で学んだ、呼吸と共に指を動かす。あるいは手首を動かす。アイソメトリックをかけながらの指、手首の動きなら、点滴をしながらでも充分できる。
ゲムシタビン ・シスプラチン療法という2種類の抗がん剤を用いて行われるのだが、最後のゲムシタビン投与の30分、血管痛がある。暖めていただきながら行うのだが、今回は前回よりも、痛みが酷い。 そうだ、今は受難を覚える時、このことを主の受難を共に味わう時としようと考えしばらく耐える。 で、また、新たなアイデア。かつて、ヒーリングのトレーニングを受け、セルフヒーリングを試みていた時期があった。今こそ、そのスキルを試すべきとばかり、深い呼吸を(よくヨガでやるように)、痛みのある部分に送りこみ、一方で、癒す方(聖霊なのだが)に意識を向け、その方の力をいただきたいと祈る。 痛みは治まった。 それなら、私の体内に巣食うガン細胞にも、このヒーリングは成り立つかもしれないと、お腹に向けて、セルフヒーリングを試みる。
私の受けているこの治療は完治治療ではなく、あくまでも延命治療だということだった。それならいつまでの延命かと医師に効くと、胆管がんはデーターが少なく、今のデーターだけでは何とも言えない部分があるがとした上で、余命のグラフを見せて下さる。 それは1ヶ月から24ヶ月くらいまで、ゆるやかな山形を描いている曲線で、一番高くなっているところが、11.7とある。つまり平均値の余命が11・7ヶ月ということらしい。 そうか、そんなに短いのか。それなら、4月に予定している旅は行った方がいいと、医師が真剣な面持ちで言ったことにも納得がいく。また、私が糖質制限を始めたというと、そうした特別な事をするより、美味しい物を食べた方がいいと勧めてくれたことも、そのデーターが背後にあるからだ。
しかし、私は不思議と落胆はしなかった。 なんとか平均値までは生き延びたいが、その前に終末が来る場合もあるとすれば、終活、ピッチを上げなくちゃだなと、妙にエネルギーが湧いてきたのだ。 「メメント モリ、あなたの死を覚えよ」 この言葉は私が30代のころからいつも身近にあった。死の事を考えることは、不安や苦痛ではなく、新しいところに向かって開く、入り口のように感じてきた。死についての本も、文学書も含めて数多く読んできた。 文学書に関すれば、私が心深く受け止めてきた作品には必ず死が、それも、開かれた死が扱われていた。 誰にでも必ず訪れる死。それを、きちんと見つめ、それなりに準備の時が与えられているというのは何と感謝なことだろう。
しかし、しかし、可能な限り、この生命を保つ努力はするつもり。 呼吸法、ヨガ、セルフヒーリング、日の出ウォーキング、食生活。 「がんに勝つジュース&スープ」という本を夫が買ってきたので、実行を始めた。 まずは低速回転式のジューサーと、人参ジュース用に無農薬の人参5キロ、りんご5個、レモン5個がセットになったものをアマゾンに注文。
病院の帰り、旅の為の両替をし、夫と待ち合わせ、ヘルシーな食事をいただける食事どころで夕食。6種類のおばんさいと、さわらの西京焼き、揚げ豆腐と季節の野菜の下ろし煮、筍ごはん。お代わり自由なので、2杯目は雑穀米のごはん。食欲は旺盛。吐き気なし。
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