たりたの日記
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2016年02月10日(水) 灰の水曜日に

今日も朝日は力強く、美しい。
この一つの太陽を共有しているすべての「友」のために祈る。

昨夜、しきりに意識にのぼってきたこと。

これまでも、世界は平和であることはなかったが、それでも多くの友の犠牲の上に、人間たちは平和へと進んできたのではなかったのだろうか。
けれど今、地球の平和が、その深いところで、ぐらぐらと大きく振動しているような気持ちになる。

昨年の今頃、平和のために闘って死んだ友のことも知りながら、この一年、どれほど、世界の平和のために祈ってきただろうか。
自分のことや自分の周辺の祈りに終始していた。そして、こうした、わたしのような無関心、自分がよければ、自国が守られればよいとする意識が、この世界の悪の支配する範囲を広げ、その力を肥大させてきたのではないのか。
責任は、その国の人々にあるというよりは、むしろ、豊かさの側に留まり、富の差を大きくし、批判や制裁は加えても、その国々の中で、生きる権利や自由を奪われている友のことを真剣には考えてこなかった、わたしを筆頭とする、ひとりひとりにあるのではないか。
ヨーロッパでの後を絶たないテロも、北朝鮮の核実験やミサイルの発射も、怖れと、不信と、憎しみが呼び起こす負の連鎖の中で、すべての人間に対して、とりわけ、豊かで自由なわたしたちに対しての警告のように思える。
と、そんなこと。

教会暦では、今日は 灰の水曜日。
これから復活祭までの40日間の四旬節(レント)の始まりの日。

昨年の 灰の水曜日は、聖グレゴリオの家のミサに出席した。棕櫚の葉を焼いて作った灰の十字を額にいただいた。
今日はミサへの出席は叶わないが、しっかり、額に灰の十字架をいただこう。
「あなたは塵から取られた。だから塵に帰る。」

キリストの受難を覚える日々は、すべての受難の中にある友を覚える日々のはず。
世界中の友の心の底にある祈りが、ひとつの大きな祈りとなりますように。

今朝、朝日の中で書き始めていた日記を、夕日の中で書き終えて。

***

創世記3章19節

お前は顔に汗を流してパンを得る
土に返るときまで。
お前がそこから取られた土に。
塵にすぎないお前は塵に返る。

You will have to work hard and sweat to make the soil produce anything, until you go back to the soil from which you were formed. You were made from soil, and you will become soil again."


たりたくみ |MAILHomePage

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