たりたの日記
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| 2016年01月11日(月) |
ベビーシッターの6日 |

ベビーシッターとはいっても、6歳児と2歳児の。 母親の出産の日の1月6日から11日の午後まで。 最初のプランでは長男の2週間の育児休暇が切れる20日から1週間ということだったが、母親不在の状況で、二人の子どもの世話をするのに長男の自信はやや欠けるらしく、週末だけでも来てもらえる?というオファー。これはかなり、不安なのだなと判断し英語教室のクラスをやりくりし、第一子の誕生の時のように、出産から彼らのところに泊まり込むことにしたのだ。
どこの子もそうだどろうが、母親がいないとなれば、それなりに、しっかりするのだ。6歳児も2歳児も、今までにはなく、わたしに近づき、心を開き、非常に扱いやすかった。
ママの病室を訪ねて家に戻る時も、「めいちゃんちにはパパママがいるんだよ」とうれしそうにママに話して、帰っていったとメールが届いたりした。
めいみはリトミック教室に行くのに、パパが連れていくと言うと泣いて抗議。パパママと行く。パパは入ってきちゃだめなんて言う。確かにリトミック教室は母親と子ども達の世界。お祖母ちゃんも女だからそこにすんなり混ざるだろうけど、父親はその場に違和感を生じさせると、2歳なりの予想を駆使したのだろう。そして実際その通りだった。
いっしょにリトミック教室に参加したことで、その後、めいみといっしょに歌を歌う場面が多かった。というより、この2歳児は目覚めている間、テレビや絵本を観ている以外の時は常にはおしゃべりするか、歌を歌うかしているから。
「めいちゃんはあかちゃんがきたら、よしよしってするんだよ」 「そう、そうなの」 「うん、そうだよぉ」
そう、彼女は、「ありがとう」という言葉と同様、「うん、そおだよぉ」を頻繁に言う。 この「うん、そうだよぉ」という時の自信と喜びに満ちた声の響きは明らかに、周囲を元気にする力がある。ときどき、きかんぼうになって泣きわめいても、それを余りあるほど補える力だと感じる。
今後、3人の子育てはどれほど大変かと思うが、この輝きはこの家庭の中で大きな働きをしていくだろうなと思う。
そんなに長い生きしたいとは思わないと今までさんざん口にしてきたけれど、この子の中心にあるこの輝きがどのように展開し花開いていくのか、見届けたい気になっている。20年後、彼女は22歳、わたしは80歳。そのくらいまでは元気に生きていれるといいなと思ったりする。
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