たりたの日記
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2014年07月14日(月) 2月21日以降

お会いしたことはないけれど、この「たりたの日記」をずっと読んでくださっている北海道の晶子さんからメールが届いた。

「たりたさんの日記が2月以来更新されていませんので心配しています」

えっ、2月以来!ご心配かけました。わたしはすこぶる元気です。ごめんなさい。

確かに2月21日のまま止まっている。5か月近くもの間、なぜ書かなかったのだろう。自分なりに理由を考えてみる。変化といえば、夫が2月に早期退職した。生活のリズムに変化が生じた。忙しくなったという訳ではない。求職中の夫は皿洗い、洗濯干し、掃除機がけとこれまでのわたしの家事をずいぶん引き受けてくれるので、むしろ家事の時間は少なく、楽になっている。ではなぜ?

家の中で一人でいる時間が少なくなったことがその理由であるかもしれない。
書きたいのに書けないというのではない。書きたいという気持ちが起きなかったのだ。
とは言え、Facebook には何かしら情報やその日の出来事を記録してきたから、ここを開いて長い文章を書こうという気持ちになれなかったということなのだろう。

考えられる理由の2つ目。3月5日の「灰の水曜日」、つまり受難節に入った翌日から、朝1時間の歩行を40日間続け、イースターの後も引き続き、この「祈りの歩行」を続けてきた。そのことも関係があるかもしれない。
ここで書くということは、ある意味でわたしに命を下さる神へのレスポンスだと思ってきた。誰も読んでくれる人がなくとも、神に向かって書くのだからと。ところが、朝1時間の祈りの歩行の中で神と共にあるという時間を持つことで、レスポンスをここに書きつける必要を感じなくなった。祈りという対話が日々あるのだから・・・とそういうことではないのだろうか。

考えられる理由の3つ目、2月22日に山野楽器で行われたリコーダーフェアで、新たに、ローズウッドでできたアルトリコーダーと黒檀でできたソプラノリコーダーを購入した。またその時のミニコンサートで初めて耳にした、ヤコブ・ファン・エイクのリーコーダーの楽曲にすっかり魅了され、CDを聞いたり、楽譜を探したり...少しの時間さえ見つかれば、リコーダーを吹くという5カ月間だった。これが一番大きな理由かもしれないな。

考えられる理由の4つ目。前に「ヨギーニ」というタイトルで日記を書いたが、時間が許せば、ほぼ毎日、ジムにでかけ、ヨガのクラスを取り、その後にはジムにくっついている温泉に入るという暮らし(贅沢!ジムの会費は以前の半分になったというのに)また、5月にはキッズヨガのインストラクターの資格を取るまでに至り、わたしのヨギーニ生活はここのところ活発になってきている。

考えられる理由の5つ目
英語教室の日数は集3日と増え、生徒数も増え、クラスの終わる時間が遅いうえ、その日の記録や次のクラスの準備のため夜寝るまでの時間は仕事という日が多くなってきた。どんなクラスにするか、どんな教材を持ってくるか、英語とヨガをどう結び付けるか、頭の中はその事がいつも回っている。そんな今年度のスタートだった。


それにしても12年も続けてきた日記をこれほど、放りだしてしまうとは・・・
こんな自分本位な書き手を今まで応援してくださり、ここを開いては読み続けて下さる方の存在を、あきれたことに5カ月近くも忘れていた!

さて、朝の祈りの歩行、リコーダーの練習、ヨガの修行、英語教室の仕事とこの5カ月あまりはかなり張り切ってきたということが今見えてくる。しかし何事もバランスが必要。ここで書くのこと確認し、自分に向かうということは行動することと同じくらい大切なことなのだろう。
祈りの歩行も続けながらここでのレスポンスも怠らないという態度でありたいもの。






たりたくみ |MAILHomePage

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