たりたの日記
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2013年02月04日(月) 父の召天日

今朝子ども達に「今日はお祖父ちゃんの命日だから気持ちをお祖父ちゃんに向けてね」とメールしたものの、「命日」という言葉はなんだかしっくりこない。いろいろ考えてここでは召天日ということにした。キリスト教の教会では亡くなった方々を召天者と呼ぶから。

所に寄っては「お立ち日」という言い方もするようだ。
命日よりも優しく、その人がふっと立ちあがり、あちらの世界に向かって昇っていくようなイメージがある。

召天を辞書で引いたら昇天しか出てこなかった。同じ音だが意味が違う。
本人が天に昇るのではなく、神が天へ召す。もう地上での命を全うしたよ。
わたしの元でお休みなさいと召して下さる。

長い長いベッドの上での生活の果てに、今父はどんなにか自由だろう。愛する母もいっしょというのだから・・・

一年前の今日のことを思い出す。
連絡を受けてからのこと、メメントモリでの葬儀のこと、書いてある日記を読み返してみた。その時が甦ってくる。
あれから一年。とても長い時間だったように感じる。
父がこの地上にいなくなって後の方が父が近くにあるような感覚があった。
母にしてもそうだが。

わたしのところにはお位牌というものはないので、父と母の若い頃の、出会った頃の写真をいっしょに写真立てに入れ、その前に花を飾ったり、好きな香りの香を焚いたりしているのだが、この夏、佐賀の父の故郷を訪ねた時、古い家の整理をしていたら出てきたと、父が描いた自画像を従兄から手渡された。20代の頃の、まだ母と結婚する前のものだ。わたしも知らない父の絵との出会いはとても嬉しかった。

その絵をこの日記にも残しておこう。




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