たりたの日記
DiaryINDEX|past|will
| 2008年03月10日(月) |
折口信夫「死者の書」を読む�� |
今日の文学ゼミでは前回に引き続き、折口信夫「死者の書」11章から20章までをテクストに学んだ。そして前回同様、それぞれの様々な角度からの考察が面白く、興味深かった。いつか、個々の感想に出て来た事を調べたり、読んだりするつもりではいるが、ここではわたしがどう読んだかという事にとどめておこう。
前回は1章から10章までの読書メモ1という形で感想を書いたが、今回は最も好きだった13章を中心に読んだ。わたしがここで注目したのはこの作品の中に見出すエロスについてである。それについてフェミニズムの視点で捉えてみた。 敢えてフェミニズムの視点からと書くのは、どうやら男と女は同じ「エロス」という言葉でも、それへ反応に大きな違いがあるように感じるからだ。わたしは女性だから男性の生理は分からない。当然男性の持つエロスに関しては理解のゆかぬところがあるのだろう。同様に、女性には女性の性的感性というものがあるのだが、これがなかなか男性には理解されていない。
ところが男性の作家によって書かれたこの作品の中に流れるエロスは女性の領域のものだと感じる。それは作家自身のセクシュアリティーに起因するにしろ、文学作品として特異な位置にあり、そこには見逃せないものがあるからだ。
さて、前置きが長くなった。以下はわたしが今日、ゼミに出かける前に駆け込みで書いたレポート。ちょうど、姫野友美著「女はなぜ突然怒り出すのか?」を平行して読んでいて、そこからなるほどとヒントのようなものを得たので、かなり強引な事を承知でここに引用した。
折口信夫「死者の書」 13章を中心に
< 折口の多層的なエロスへの洞察 > 「死者の書」十三章では郎女の天若御子(山の上に見た俤)への恋愛感情と宗教的エクスタシーとが渾然一体となっている。その心理状態が様々なメタファーを通して、文学的、印象的に書かれていて興味深い章だ。
十三章に限らず、「死者の書」で見られる、郎女の一連の行為や心理、例えば、身体が衰えるほど根を詰めて写経するという行為、内側の迫りに誘われ夜を徹して彷徨うという行為、また山の中にある時の至福感、、夢の中で体験する一体感、この章全体を支配しているある種の恍惚感、これは女性が恋愛感情に支配された時の行為と心理状態そのものだと読む事ができる。
とりわけ13章はそれが特徴的に現れており、で夢の中で浪に漂い、白玉と一体になり、やがて白い珊瑚になるという描写は、エクスタシーに支配された時の心理的、身体的状態を書いていると読む。また夢から覚めた郎女の口から「なう、なう 、阿弥陀ほとけ」という言葉が出るあたりは、写経に没我したり、山を見て幸福感に包まれる状態と同様な宗教的エクスタシーの下にある心の状態といえよう。
折口氏の試みは、性的エクスタシーと宗教的エクスタシーの限りない接近にあるのではないだろうか。さらには、女性の性がどういうものかという、探求が試みられていると感じる。折口氏が男性の側からではなく、自分の内側にある女性性、もっと極端に言うならば、女性の性向を持つ折口氏が自己を表現した部分ではないかと思うのだ。そうするならば、試みとか探求とか言う以前に、自らのセクシュアリティーの解放であったかもしれない。
ところで医学博士・心療内科医、姫野友美氏はは著書「女はなぜ突然怒り出すのか?」の中で(P79)このように述べている。男性がセックスによって得るエクスタシーは、「発射する快感」、「ドーパミン的」である一方、女性がオーガズムに達した時に得るエクスタシーは「満たされる快感」、「一体感」、「多幸感」、「包まれる快感」と語る。そうしてこうした快感は βーエンドルフィンによってもたらされる刺激で、βーエンドルフィンは、また、何かに満たされたとき、陶酔してしまうような麻薬的多幸感を脳にもたらすとある。 こうした感情が人間の体内で分泌される物質に支配されていると考えるならば、恋愛時にも宗教的高揚時にもドーパミンやβーエンドルフィンといった同様の物質が分泌されるのだろうから、この郎女の一連の行動や心理状態は大変納得がいく。
またここでは恋愛の最終目的が男女の性的結合ではなく、異なる魂と魂との一体感にあるという折口氏の恋愛観が出ているのではないかと思う。その部分をわたしなりに考察した。 エロスは人間の生殖本能に働きかけ、恋愛感情を引き起こし、異性間の肉体的結合にまで導く力があるが、また一方で、この世で肉体を持った一固体が宇宙の摂理との繋がりや一体感を見出し、そこに取り込まれたいという欲求もまた起こす。その欲求は生殖本能とは無縁なので、愛の対象は必ずしも異性である必要はなく、同性でも、また山や海といった自然のものでも、また真理を解き明かした宗教的経典や言葉を自分の内に取り込むことでも満たされる。 そういった折口の多層的なエロスへの洞察が「死者の書」を内側から美しく艶やかに照らし出しており、一定の読者には深い充足感をもたらすのではないかと思うのだ。
青空文庫で読めます。 ↓ 折口信夫著・死者の書
|