たりたの日記
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わたしがここで書いた「英語で読む百人一首」を題材に、昭和さんが中学校1年生のクラスで、国語、英語、書道の教科横断というユニークな授業に取り組んでおられる。 BBSでお知らせ下さる授業報告の文面から生徒を深い思索へ持ってゆく、良い授業をされている事が伝わってくる。
いかに効率よく教えるか、内容を定着させるか、果ては、点数が取れるようにしてあげるかと、そんな低いレベルのところで英語のクラスをやってきたわたしは、ガツンと殴られる思いで、その報告書を読む。そうして、わたし自身もまた変化しているのを感じる。
昨日の教会学校の時間は、一つの聖書のテキストを物語にしたものをわたしが朗読し、その後、一人一人に、聴きながら頭に浮かんできた絵について話をさせた。それぞれの発表する心に浮かんだ絵は、みな違っていた。どこが一番印象に残ったか、それが個々に違うという事は、子ども達が実際に心を動かして聞き、また自分の言葉で語ったからだ。その後の話し合いもなかなか盛り上がっておもしろかった。
ではなぜいつもはなかなか生まれないこういう場が生まれたのか。原因はまずはわたしの側だ。子ども達と対決しよう。何とか子ども達の中からイマジネーションの力を引き出そうという強い心構えがあったからだ。つまり気合が入っていた。その気合が子ども達にも通じたのだろう。 教えるのではない、教えられるのではない。共に新しい物を探し出す。あるいは、もっと深いところへお互いを導いてゆく。 そういう授業が成り立つ時の子ども達の眼の輝きはどきどきするほど美しい。
今日、昭和さんからの授業報告��で、子ども達が深く思索した感想文を書いたというところを読んだ時、反射的に思い出した本があった。 林竹二氏の「授業 人間について」。(初版は1973年と古い本なのだが) この本は林竹二氏が宮城教育大の学長をしていた頃、小学校、中学校に出かけて行って授業をしたことの記録なのだが、そこには「授業」が成立する時、こども達が生き生きと考えはじめ、深く思索し、自分の言葉でそれを表現するということが実証されている。
鉛筆で線を引いたところを拾って読んでみた。うんうん、そうそうと胸がふつふつしてきて、忘れたものを取り戻したような気持ちになった。 ここにその一部を書いておくことにしよう。
<斉藤喜博さん授業論とソクラテス教育学について>という章が後の方にある。斉藤喜博氏は、わたしが最も影響を受けた教育者で、今でもその影響は続いていると感じているのだが、例えばこういう文章。
私は、斉藤さんが、授業を媒介にされた、教師と子どもたちとの対決として捉えておられることに、ソクラテスに通ずるものを感じています。ソクラテスの教育の方法である「問答」は、その本質において反駁なのです。ソクラテスは質問によって相手の意見を引出し、それを仮借のない吟味にかけます。その結果は、どの意見も維持しがたいことが吟味を受ける人に明らかになることで終わります―中略―
教材に媒介されての教材と子どもとの対決という仕事は斉藤さんの場合、具体的には子どもの意見を一つ一つ仮借のない吟味にかけることに他なりません。吟味はあくまで教師の指導の下での、教師と子どもたち全部の共同作業です。 その作業のなかで、子どもたちのすべての意見は大切にうけとめられますが、それは決してそのときどきの子どもの持ち合わせの意見をそのまま通すことではない。これが大事な点です。その作業が子どもにとって意味深いものになるのは、教師との対決、あるいは教師の仮借のない吟味を通して、子どもたちが自分たちの意見が維持しがたいことを自ら確かに知ることによってです。その範囲で、子どもたちは自分の常識的な、低い物の見方を破って、そこから抜け出しているので、子どもの目が輝き、子どもが新鮮になるのは、そういう瞬間です。
今本を引用しながら、はたと思った。前回の日記でわたしは長谷川氏から大変充実した朗読の指導を受けたと書いたが、まさに、そういう授業をわたしは受けたのだった。 教師の発問「それでいいの?」という問いかけで、いや違う、こういう読みではないと、自分の読み取りの低さ気づかされる。否定されるのでもなく、模範を教えられるのでもなく、自分には見えていなかったという事を知らされる事で、何か大きな満足を得たのだった。乗り越えるべき課題が示された事への喜びがそこにはあるからだろう。いや、自分の低さに気づくことで、一つの峠を越えたという事になるのかもしれない。(ソクラテスの「無知の知」?) あの時、わたしはいい歳の大人だけれど、きっと子どものように目を輝かしていたに違いない。
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