たりたの日記
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2003年10月05日(日) トップの写真は色づいた葉っぱたち

木々の葉が一斉に芽吹く春、そこに集まっている途方も無いエネルギーを感じて、わたしはどきどきしてしまう。これから始まる葉っぱたちの命のことを思って、胸がいっぱいになる。

そうして木々は葉を広げ、たくましく深いグリーンの葉を茂らせ、夏の間中、涼しい木陰を提供してくれる。いくら考えても、やがてこの葉がすっかり地面に落ちてしまうなどとても考えられないほど、木々の葉は日々の生活に溶け込んでしまう。

けれども10月。ふと気がつけば葉は一枚、また一枚と枝を離れ、地面に積もってゆく。

やっぱり今年も終わりは来るのだ...

毎年のことなのに葉っぱの命の終わりを思って淋しい。



けれど、落葉の季節は場所によってずいぶん違う印象になる。
ニュージャージーに住んでいた頃、秋は最も華麗な季節だった。
それまで深いグリーンだった葉が鮮やかな黄色や赤に色を変える。その賑やかさときたら...一斉に絵の具をぶちまけたようなのだ。景色そのものが明るく光りを帯びる。

わたしたちは、葉っぱの散り始めた公園に出かけては、まるで子犬のように、葉っぱの中を駆けたり、転がったり、葉をすくっては相手に投げかけたりして打ち興じたことだった。

今日、たりたガーデンのトップにした赤や黄色の葉っぱも、そんな公園での午後に撮った写真。子ども達ときれいな色や形の葉っぱを見つけては拾って袋にいれた。家へ持ってかえって押し葉にするためだ。

そうそう、あの日、Hは黄色いジャンパーを着て、Mはお揃いの赤いジャンパーを着ていた。ふたりが落ち葉の中をころころと転げ回り、夫がカメラのシャッターをカシャカシャと切っている間、わたしは一人、ベンチで勉強していた。確か翌日がカレッジのテストか何かで、わたしは必死な形相だったと思う。


あれから15年も経ってしまったけれど、あの時拾ったメープルの葉は今でもきちんとフレームの中に納まっている。あの時の鮮やかな色は次第に褪せてはいったけれど、思い出の中の絵や、写真に納まった赤や黄色の葉の色は少しも色褪せてはいない。





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