| 2006年09月20日(水) |
「うつくしい子ども」石田衣良 |
石田衣良さんの本を読んだのは、これで二冊目です。 少し前に読んだのが、テレビドラマにもなっていた「下北サンデーズ」。 貧乏だけど、夢だけは大きいと言う小劇団を舞台としたお話で、ちょっと笑えたり、切なくなったりしながらも、ほわっとしたものが残りました。
今回読んだ「うつくしい子ども」、少年犯罪がテーマになっているので、その点ではかなり重い。 ニュータウンで発生した9歳の少女の殺人事件。しかも犯人として逮捕されたのは13歳、中学1年生の少年。 そして、その兄である中学2年生の少年を主人公として、物語は進みます。
突然、弟が殺人犯と言う、予想もしなかった恐ろしい現実をつきつけられた少年。 兄弟の下には、殺された少女と同級生の妹もいます。 妹のショックも計り知れない。 もちろん両親も、あまりの出来事に動転するばかり。 一瞬にして壊れて行く「幸せな家庭」。混乱、悲しみ、怒り、恐怖、様々な感情に振り回されながらも、少年は「逃げない」ことを決意する。 自分はこの事件から、この現実から逃げられない、ならば何もかもしっかり見ようと思い、自分は何ができるんだろうと考え、考えた末、なぜ弟があんなことをしたのか、理由を探そうと決意する少年。
事件を扱った記事やニュースなど、本当なら避けたいであろう情報にしっかり目を通し、様々な批判や意見を自分なりに読み取り、さらに弟の生きてきた足跡や考えを辿ろうと、校内でもあれこれ調べ始める。 その様は、少年の持つ素直さや家族への思いやり、犠牲になった少女への哀悼、そして思いがけないほどの芯の強さを感じさせ、心を打つのです。 そして時には、もしかしたらこの少年はどこか達観しているのでは、と思わせるような不思議な静けさをも、素直さのベールの下に垣間見せる。 植物が大好きで、その分野に関してだけは誰よりも詳しい、そんな少年だからこそ、物事を自然にまっすぐ受け止めようとできるのかもしれない。 ふと、そんなことをも思ってしまいました。
犯人の家族となってしまったことで、少年は様々な嫌がらせや悪意にも直面します。 それは少年自身や家族はもちろん、事件の後も変わらず少年と接し、何かと力になってくれている友達にも及ぶのでした。 それでもめげずに、事件の真相に近づいて行こうとする。この辺りは、ミステリー仕立てにもなっています。 やがて明らかになった思いがけない真実も、そして事件の最終的な結末も、どうしてこうなってしまったのだろう、どうしようもなかったのだろうかと言うやりきれなさを残します。
犯罪に走ってしまう子供の心の闇の部分、それがいつどんな原因で生まれてしまうのか、どうしたらその闇から引き戻せるのか・・・ 考えても簡単に答えは出ないのでしょう。 現実問題として、今の世の中に少年犯罪が増えていることを考えても、ますますやりきれなさは募ってきます。 けれど、読み終えて、暗澹たる思いに沈みそうになりながらも、救いとなるのは主人公の少年のけなげな勇気。 そして、自分たちも嫌な目にあわされ、傷つきながらも、ずっと少年を支え続けた仲間たちの友情。 殺伐たる暗さの中で、このささやかだけど確かな救いが、なんとも爽やかな光のように感じられました。
この小説のタイトルである「うつくしい子ども」。 これは少年の母親が、少年の弟や妹が幼い頃に言った言葉でした。 「この子はうつくしい子どもだわ」と。 そう、弟と妹は美しい顔立ちの子供だったのです。 でも、兄である少年は顔立ちも地味な上、頬に盛大なニキビがあるため、ジャガイモの「ジャガ」とあだ名されていました。 母親は、少年のことは一度も「うつくしい子ども」とは言わなかった。 けれど、読み終えて思ったのは、まさにこの少年こそ本当の意味で「うつくしい子ども」なのではないだろうか、と言うことでした。
降ってわいた悲劇にも、自分の心の様々な葛藤にも、周りからの重圧にも押しつぶされまいと必死に向かい合い、つらくても逃げないと決意する。 気負いよりも、むしろ素直さが形を変えたようにさえ感じさせるその勇気。 殺された少女のために、毎週欠かさずお墓に野の花を供え、「ごめんなさい」と手を合わせて涙ぐむ、その朴訥な優しさ。 時には、相手の心の闇を救うために我が身を犠牲にしてもよいと思ってしまう純粋さ。 そして絶望しそうな中にも「あきらめちゃいけない」と自分を立て直す強さ。 いつのまにか、そのけなげな姿に感動して、応援している自分がいました。 少年の清々しさが、読後もしんみりと心に残っています。
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