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2004年10月16日(土) 落ちなのか、下げなのか、、、、いや、それは問題じゃない

昼前にでかけ、喫茶店でパソコンをもちだして原稿を書く。けっこう店内がこんできたので、さすがに邪魔かと思い大学にいくことにする。レジでコーヒーメーカー(1リットルはいるやつ)が大幅値引きしているのを発見し、衝動買い。研究室にすえつける。コーヒーをいれてみると、さすがついさっき引いてもらった豆だけあってなかなかよろしい。ニンマリ。

というわけで、昼からはコーヒー煎れつつ、音楽をならしつつ、原稿を書く。しかし、依然として「構造構成主義」を原稿にいれこむことはできず。

昔、『らくごのご』という、つるべと、ざこばがフロアからお題をもらって即興で3題話をするという番組があったが、そこでざこばが苦しんでいるのが思い出される(つるべはああ見えて、実は、もんのすごくスマートなのである)。

ざこばはオチ(ざこばは「下げ」という)がみつからず、散々迷走を続けたあげく、「というわけでえ〜〜〜」というセリフとともに、主人公をいきなり殺したり、また生き返らせたり、とにかくめちゃくちゃすることで有名であったが、さすがに原稿は「え〜、と〜〜いうわけでえ〜〜(フロア苦笑)」とはいかない。

ちょっとひとやすみして、学生相談室で春にとった全学のメンタルアンケートの集計などしてみたりする。こっちはなんとサクサクいくことか。さすが数字。後は、保健室の先生にやってもらおう。

再び原稿。どうも進まず書いては消し、書いては消し。オチがないぞ。そういえば、以前、語りの論文を書いたとき、話者が最後にどのように話をおわらせるのかというところに注目した指標をつくったことがあった。それを「落ち」と命名したら、査読者から「論文にふさわしくない」として「締めくくり」などはどうかと言われたのを思い出した。

いや、あれはやっぱり「オチ」ではないかな。締めくくりなんてなまやさしいものではなく、「オチ」は関西人にとっては、必ずつけることが求められる強力な規範なのだ。「おい、お前の話、オチあらへんやんけ」と言われると、もはやこれは人間としての格まで疑われるような切迫性があるのだ。また、同じ言葉をしゃべっても、関西人なら「なんでやねん」とつっこんでくれるので、バカにされながらも「ああ、おいしい」とひそかに喜びにひたれるものを、名古屋にすんでいた頃は「あ、そうなんだ」「え、それ違うよ」とタダのアホ(名古屋ではタワケ)な人なってしまう恐怖ととなりあわせなのである。つまり、高度にインタラクティブで、文化依存的なものなのだ。そういう意味で、オチという命名はよかったと思ったんだけどな。関東人の査読者には伝わらないだろうけれども・・。





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