2008年01月07日(月) 自費出版は人生の喜び
自費出版の大手、新風社が会社更生法を出して事実上倒産したらしい。
私は前に本を自費出版した。ことの経緯は、その昔、私が勝手に自分の病院体験記を書いて、それが幾つかの出版社をグルグルした後、ある出版社が「出しましょう」と言ってくれて、やれやれゲラまで出来たよ〜という段階まできて、急に「やはり出しません」とメールだけで断れちゃって、ガビ〜〜ンと大ショックで、路頭に迷ったときに、今「R25」というフリペをやってる藤井君が「あれは面白いから自費出版しちゃおう」と言ってくれて、それで自費でやることにした。
私はそれまでも本を作った経験なんてなくて右も左も分からなかったけど、「タダでもいいですよぉ」と明るく笑ってくれたデザイナーのあきやまみみこさんのお手伝いもあって、そして敏腕藤井君が印刷屋さんなどを値切りに値切ってくれて、印刷屋さんとの打ち合わせなどもすべて仕切ってくれて、ものすごく安い価格で、超人的早さで、本を作ることが出来た。
本が出来て、家にドサドサッとダンボール箱に入ってやってきたときは嬉しかった。色々あったけど、とにかく形になってよかった〜〜〜と安心した。
で。そこからさっそくその日のうちに営業へ!!藤井君が連れて行ってくれて、北尾トロさんが当時やっていた、ダ・ヴィンチとの連動企画の「ブックカフェ」に本を置いてもらえないか、お願いに行った。それまでトロさんには面識もなく、藤井君が「お願いします」と頭を下げてくれ、とにかくそこに10冊置いてもらえることになった。本を卸す時は7かけとか、6.5かけとか、もちろん何割引とかで卸すのだけど、そんなことも知らなくて、とにかく「アリガトウございますアリガトウございます」と頭を下げて、お金をもらい、帰ってきた。自分の作った本が目の前でお金になった最初の瞬間で、すごくびっくりした。
そしてそこのブックカフェで、和田の本が売れてるよ〜とトロさんからすぐに連絡が来た。さらにビックリした。で、売れてるからもっと入荷するから、もっと本を持ってきてと言われて、また慌てて、たしか20冊くらい持って行ったような? トロさんは最初のときは実は怖い人というか、気難しいのかなぁ?なんて印象だったのだけど(ごめんなさい)、そのときはニコニコしてて、すごくいい人だと思った。げんきんな私だ。
そしてさらに藤井くんは当時から敏腕だったので、「bk1という、新しいオンラインの本屋さんの店長の安藤さんに連絡しなさい」と紹介してくれて、さっそく連絡すると、安藤さんは「藤井さんのご紹介なら大々的にやりましょう」と言ってくださり、本当に「今週の1押し」とかにしてくださり、なんと、まだ始まったばかりだったbk1でのその週の1番の売り上げになったりもした。ビックリした。ものすごく。さらにbk1は「図書館にも卸しているから、その分も買いましょう」とまた50冊くらい買ってくださり、もおお。私はアワアワしながら本を送った。
でもそこからは自分でやらなきゃ! と思って、袋に本を20冊くらい詰めて、納品書と印鑑とペンを持って、新宿やら青山やら池袋やら渋谷やらの本屋を廻ることにした。飛び込み営業だ。トロさんに営業に行くときは「仕入れ部長さんいらっしゃいますか?と言うんだよ」と教えてもらい、そのとおりにしたけど、仕入れ部長さんて人には滅多に会わせてもらえなかった。
でも助けになったのは「ダ・ヴィンチ」やら「赤旗」やら「SPA」やら、たくさんの媒体さんが、自費出版にも拘らず本のレビューを掲載してくれたことがあった。
そうそう。無理やり東京新聞に送ったら「あなたの手紙があまりに情熱的だったから」と担当の方が電話をくださり、夕刊の地方出版の欄に載せてくださったりもした。
私はそういう記事をコピーして、とにかく本屋さんに見せて、営業に廻った。最初にまともに相手してくれたのが、今はなくなった池袋の芳林堂書店の塩川さんという方で、この方が私に仕入れ伝票の書き方を教えてくださった。そして10冊取り置きしてくれることになった。結局1〜2冊しか売れなかったけど、それでもとにかく涙が出るほど嬉しかった。
さらに池袋はジュンク堂も置いてくれた。さらにトロさんの紹介で西荻の音羽館さん、親愛書店さんなども置いてくれた。またもっと後には、千駄木の、元々はbk1の安藤さんがいらした往来堂書店がかなり頑張ってくださり、置いてくださった20冊全部が売れた。「うちは病院に近いからね」と言ってたけど、小さな本屋さんでも工夫次第というか、同じ本なのに、売れたり売れなかったりするんだなぁと思った。
往来堂さんは、本屋さんのプロというか、素晴らしい本屋としてその名を日本にとどろかせているお店だ。
またポップアジア編集部の沢島さんの紹介で、マガジンハウス裏の新東京ブックセンターにも行った。ここのオッちゃんは面白い人で、出版界のいろんな話まで聞かせてくれた。
そのうち、レコード会社にも押し売りに行ったりもした(笑)。みんな笑顔で買ってくれたりして、なんてありがたい。ごめんね〜〜。ありがとおお、なのだった。
もちろん友達や周囲の人も買ってくれて、師匠も10冊くらい買ってくれた。今泉恵子さんも20冊くらい買ってくれて、ご自身のラジオのスタジオに「ご自由におとりください」とばら撒いてくれた。そんな中で大貫憲章先生が本をいたく気に入ってくださり、その後何度もラジオに呼んでくださったりもした。
そして、買ってくださった一人、EMIの深沢さんが「青山ブックセンターに知り合い居るよ」と紹介してくれたのが、今はなくなってしまった新宿のルミネにあった青山ブックセンターの佐野店長さんで、さっそく行くと「ISBNがないと置くのは難しいから、地方小出版という取次ぎさんを紹介してあげるから」と言われた。本はそういう問屋さんをみんな通していて、ISBNというコードが大切なんだ。(青山ブックセンターではもちろん大々的にとりあげてくださった)
そこで、帰ってくると、すぐにその地方小出版の社長の川上さんに手紙を書いてFAXした。忙しい人だからFAXしろ、といわれたのだ。するとすぐに返事が来て、取り扱ってくれることになり、またすぐ会社に行くと、本に挟む伝票に押すゴム印を作ったり、本屋さんにばら撒くチラシ兼申込書を作らなくちゃダメということになり、それも印刷屋さんやゴム印屋さんにお願いしてすぐに作り、本にそれを挟み込んだりして、納品。これで、全国の書店さんに地方小から送ってもらえることになった。この取引は今も細々続いている。
そんな風にして、千冊だけ作った本の多くが売れた。まだ少し残っているけど、自分の手、誰かの手、たくさんの人の協力で自分の本を売ることが出来た。
さらに去年はそれを文庫にしてもらえて、もっとたくさんの人に届けられて、今年はそれが翻訳されて韓国でも出ることになった。ヨン様も読むかも?(笑)
自費出版は楽しい。本を作ることは夢のようだ。でもただ作るのじゃなくて、それを自分で売るのはもっと楽しい。何度も泣きながら、そのたびにハゲちんの「ファインド・ザ・リヴァー」を聴きながら耐えて、本当に〜〜〜〜大変だけど、そこで出会った人たちはみんな私にとって宝物だ。この経験は人生最高の出来事だったと胸を張って言える。
自費出版すること、本を作る、本を売ること、その楽しさはやった人じゃないと分からない。人生の喜びだ。
今年もまた本が作りたい。作る喜びをまた味わいたい。ま、自費出版じゃないのがいいけど(爆)。