非日記
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2009年11月06日(金) ちゃんと誕生日に。

昨日は人様の誕生日でした。
おめでとーう!
朝は覚えとったんだが、うっかり十時間寝てましたよ。せっかく、「アン/ブロークン/アローだっけ読んだ?アタイまだ読んでナイよ!!」と書こうと思っていたのにな。ちゅうか、新聞で書評を見るまで、いつの間に続きが出ていたのか全く知りませんでした。此間人様の結婚式で会ったときに一言も言わなかったのは興味が無かったからではなく、単に知らなかったからです。知ってたら一言は「あれの続きだったの?」って言ってた。だってあの終わり方だったら零は死んだと確信するだろ(そうでもないのか)。とにかく「このシリーズはもう無いぞ!」という空気に感じたのです。
いつも思うけど、神林さんのって、常に終り方が唐突に思えて、にもかかわらず「え、ここで?え、ちょっ、ここで!?」じゃなくて「……終った……!」って感じがするよな。無理矢理感慨深くさせられるというか感慨深さを捻じ込まれるというか最高潮に感慨深いところで手足を切断してみましたもう動けないよというか。それで私は妖精の時も幸運の時も毎度毎度「ぶちん!終った……!」に騙されたのですね。嵐の夜に電気を消してテレビでロードショーを見ていたら送電線が千切れたらしいぜ終ったなみたいな。


ちなみに、十月は今年はちゃんとメールしましたからね!
この日記は書くことねえっていうか、書けばあるんだけど特に無いというか。何故なら私は相変わらずだからです。ふー。
近況は、脳内で渾名をつけました。ハルカちゃん。美しい名だ。脳内通称だけど。私は相手に対してナニガシか好意的な感情があると非常に名前を呼び辛い体質です。「結局何の誰だよ?」と問われて答えられないのは、断固秘密にしておきたいわけではなくて単に「ナニガシの誰それ」と口に出す事に心に激しい抵抗があるからです。何しろ末っ子なので、感情の発生していく過程で親兄弟を名前で呼んだ事など無かったのでした。よいこの私は敬称でしか呼んでいません。ついでに言えば動かない心を動かした相手の名前を知る事が滅多になかった。卒園写真を撮ったカメラマンの兄ちゃんとかな。
私の中でアレとかソレとかで輪郭を掴む事の可能な相手、脳内会議で「ヤツ」と言えば「アレか」で通じる相手の名前を口にする事は非常に困難なのでした。直接触ると危険なので箸かなんかで摘みたい。神々しいものは汚いのと一緒なので触ってはいけません。神様の名前を口にするなんて言語道断です。一神教で神様と言ったら一人しか居ません。名前など不要。アレとかソレとかで充分です。しかしうっかり好きな人が沢山いるので便宜上の名前があると大変便利なのでした。だからハルカちゃん。我ながらいい名前だ。公衆の面前で口走っても誰のことだかわからんところがいい。猥褻な単語は口走れません。むしろ存在が卑猥です。普通の人間がうっかり泣きそうになるほどドシリアスな悲劇の真っ最中に数コマ存在するだけで耐え難いほどニヤニヤさせるとか、正しくあってはならない事です。こんな展開を読みながら四六時中ニヤけていたら私がとんでもない悪逆非道の外道みたいだろうが!マッキーで塗りつぶすかモザイク掛けなければハルカちゃんの存在に引っ張られてストーリーに感情が動きません。ハルカちゃんが辛そうなので何とかしなければって感じ。おまえはくだらねえ事でキーキー騒いで、つまらねえ事でメソメソしてりゃいいんだよ!何をドラマチックの中に頭突っ込んでんだ!

あろう事かさっさと早く原作が終わればいいと思います。生き残ったまま!(非常に重要)だから進行中のジャンルって嫌いなんだよ。「どうにかして打ち切られないものか」とか内心思ってるなんてファンが存在するのにとても言えません。私は思い出だけでうっかり生きていける女です。それどころか思い出を練り直して新バージョンを増やせる女です。だのに発売日に本屋に行って原作買って雑誌買ってDVD買うとか私は何をやっているんだ。




あ!
そういえばメール直った!


やぐちまさき |MAIL