非日記
DiaryINDEX|past|will
今年もまた某姐さんの誕生日お祝いメールを送るのを忘れてました。じ、十月の頭には覚えてた!「ああんもうすぐハニーの誕生日ねーん☆」と思った瞬間に、「な!?じゅ、十一月ですって!?」となった。こうやって借金は火達磨式に増えていくの。「一人殺してしまったなら、もう二人殺しても一緒じゃないか」とか思い始めるの。それはアレなの。あなたが信じた事を、あなたが疑い始める…とかいうアレなのよ。 …今頭の中で色んな情報が錯綜した結果、出力においてはこういう話の展開になりました。
今度から忘れないように、覚えているうちに手前で祝う事にします。 とりあえず、来年の分からねッ!?(自棄)
お誕生日おめでとーう!
PSPってなに> そんな機種持ってません。 そういうの多い。昔は機種とそれでできるゲーム性には結構明瞭な色分けがあったように思うんだけど。こういう類のゲームが好きだったら、この機種が断然オススメみたいな。でも最近はそうでもない。なんでもかんでもできるようになって困ってしまう。
じるのインフィニットにプラスが出るという話なんだが、エルファスを仲間にできると言われても、何故か全く嬉しくない。私はああいう人は遠くから眺めていたいタイプです。だからさ、もうちょっとストイックな服装をしてくれたら、まだしも私の好みを掠めてくるかもしれんのだけど。できませんできませんと言われると、ムラムラとさせたくなるじゃろ。そういうものなのよ。 フレアはちょっといいかもしれんが、お姐さんには「キャラ選択で、セバスチャンを年寄りと若者のどちらかが選べるようになるの!」ぐらいのステキな情報を持ってきて欲しかった。それだったら私は、プラスのためだけにPSP買おうかという気分になったかもしれんわよ。 …とは言うものの、あの娘さんに萎えて続きをやれないでいるのだから、新しいの買ってどうするって感じもする。郵便屋さんとかやってると楽しくなってきて黙々としてしまうのだが。
私はまだ相変わらずなのだった。 もうオタク的生活は毎日妄想を吐き出すというか妄想を成長させるために駄文を綴るだけで満足しきってしまい。頭の中だけだと同じあたりでループしてしまったりして一向進行しないんだが、書いてると話が進んでいって楽しいんだわよ。脳みそのワーキングメモリとかなんとかの容量が足りないんかもしれん。
なのに、オタク度を調べたら「かなり低い」だったので、ウッソーな感じ。 「おねえさんはオタクだよね」と断言されてるのに。 「あんなふうにはなりたくないの!」とは、「こんな風にはなりたくなかった!」という事か?いや、毎日楽しいんだけど。一番のストレス解消というか、全ての嫌な事を忘れて夢中になれてリラックスできてのびのびするというか。「今日は帰ったらどうしてやろうかしら?もう、××ちゃんったらかわいいんだから!」とウキウキするというか。 「彼らには可能な限り近づかないことが平和的共存への早道」とか言われても、己に近づかないためにはどうすればいいのよ?生涯を共にして常時一緒で分かちがたく結ばれてて楽しいんだけど?
「ゲームやアニメに興味が無いというより、オタク的行動に対して嫌悪感があり」とか言われても……、私ったら嫌悪感がある行動に日々全力疾走してるマゾなわけか?いや、最近の社会分析学っぽいのでは、結構よくオタク系女子とギャル系女子というのが二項対立っぽく比較されてるんだけど(サブカルチャーが台頭してからの流行なのかしら)、そういうの見て考えるに、自分をギャル系に分類するのはかなり難しい…、というか不可能に思う。 いや現在の年齢じゃなくてもう少し若い頃とか考えても。
えー、なんていうか、一人、もしくは複数の人間(キャラ)の精神を好きなように弄って振り回しまくってもいいんだよ?オタク最高だろう。生きてる人間には許されない事でも!
なんか妙なニュースがあったよな。二次元のキャラと結婚したいとかいう。脳内でしてればいいんじゃないかと思うんだが、何がダメなんだ。何故公に認めてもらわねばならないの。もし現実の人間と結婚なんかされたらよ?他の人は遊べないじゃない!?違うの?人の奥さんにちょっかいかけたり変な事したりしていいの?!皆の奥さんでいいじゃないの!皆の脳みその数だけ存在するって事で!
二次元とかそれに類する創作されたキャラというものは、己の意思や意識を持たないという点で、実在する人間と違うわけよ。現実に存在する人間に対してだって、人は「あの人はこういう人だろう」とか「こういう人間だ」みたいな解釈や憶測なんかを普通にして「絶対にそうだ」と決め付ける事すらし、それは人によっても違ったりして、人の数だけその人の人物像があるわけだけど、現実の人間が空想上の人物と異なる大きな一点は、相手は意思や意識や精神をもつ自分と同じ人間である、個人であり、それは絶対に踏み外してはいけないベースとして互いに共有されると約束される点なのよ。私にとって私は私であり君は君だが、君にとっての君は私であり私は君である、という。それを拡大していきチャンネルを自由にチェンジする事は、己の中に社会を組み込み、内なる社会を覗き込む事で外にある社会に開いていくことだ。その時、五感を通じて情報処理され脳内に映し出されるだけの外界は、鮮明なだけのバーチャルから精神に痛みを伴うリアルに変わる。人にとって私というものが私だけになった時、行くは容易く戻るは難しい、行きはよいよい帰りは怖い、あの境界を人は越えていくように私は感じたりするわけだ。なんちゃって。
そういうわけで、また人様に「えー?それは萌えないよー」と言われそうな話を書いて遊んでるわけです。積極的な受け。だって私は乙女ゲーでも強気ちゃんが好きなんだ!弱気ちゃん苛苛するー。弱気ちゃんって、怒らせたくならね?某SM恋愛映画でも、SMプレイを邪魔して助けようとした普通の性癖の元婚約者を怒って殴り飛ばしたM女最高!惚れる!と思った。男気溢れる猛々しい猛獣のようなM。Mはかくありたし。
だってね!? 私としては、ストーリーのある話はくっつくまでが好きなんだけど、山無しオチ無し意味無しのエローすは、初めてじゃない方が、受け子ちゃんが慣れてきてからの方が断然萌えるねんよ!一生懸命に(←重要)やる気に溢れた子が好きなの!恥じらいを残しつつ(←重要)!その方が可愛いじゃんか!やりがいがあるっていうか!したくないのを拝み倒してさせてもらうなんて全然楽しくないよ!
相手が慣れてきて、ビックリさせても大丈夫みたい…となったら、次から次にビックリさせたくなるのよ。子供の頃マジシャンになりたくて、学芸会とかはマジックやってたんだよ。本気で憧れたというより、単に人の裏をかいたり、思惑を裏切ったり、人の思いもしない側面にあたって、しかもそれで人を愉しませて喜ばせるのがいいなーって思ったんだよ。 だからエロースもね、本能で書くと、ついマニアックに…(言い訳だ)。 予想を裏切って受けをビックリさせて力の限り蹂躙したいあまりに、ついリバに走りそうになってワナワナするほどに。「受けを善がらせるためならなんでもしてやるぞ」という私の意気込みを投影された攻め、ちょっと可哀想。ふ、まあね、早まらなくてもやれる事はまだまだまだまだ色々色々あるんだよ、あははん。エロは入れて出すだけじゃないって事を教えてやるよ!と、ムラムラと使命感に燃えます。そうね、最終目標としては、とりあえずエナジー○ーガズムって感じで!この点でも、イイトシの遠距離カップルっていいよね!やる時はネチネチやれて!
このように、一人盛り上がれます。
友A「それで、今熱くハマってるのは何か教えてくれたの?」 友B「それがまだ教えてくれないのよー。ぽろぽろヒントはくれるんだけど」 友A「あー、○ちゃんにも言わないんじゃ、アタシには言わないわね」 いや拷問されたら言うよ? Bさんは基本的に何を好きだと言っても嫌いだと言っても「ふーん」でスルーだからものっそ漏らしやすいだけで。しかしだからこそあまりにも熱烈に萌えてると居た堪れなくて言えなくもなるのだ。 友B「でも熱く語ってくれたから、なんとなく輪郭だけは浮かんできたわ」 友A「あー、その熱く語るの聞きたかったわあ」 友B「お姐さんが熱く語るの楽しいわよ」
うん、語るのは楽しいんだけど。聞いてて楽しいもんなのか。何について語ってるのかわからんのに。 でも内緒。 内緒、内緒。 人目を避けて密かに出会い茶屋に通う愛人との逢瀬のように萌えてるねん。背徳感と交じり合っていい感じだ。
|