非日記
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2007年02月11日(日) ほんとおかしい。

寝る前に思ってたんだけど、御伽噺や昔話なんぞで「けして開けないでください」とか「けして中を見ないでください」とか「けして言わないでください」と声をかけるが、そう相手に言った時には既に別れる(殺す)決意なんだよな。相手が約定をたがえるのをてぐすね引いて待っている感じだ。普通に考えて、見てはならないと言われたことを見ないでいるのは人間にはなかなか難しい。
浦島太郎とか青髭とか鶯長者とか夕鶴とか雪女とか妖精の花嫁とか。
件の類の約束「けして〜しないでください」を定める者に人外や異界の者が多いのも頷けるかも。人間が分かっていれば出るはずの無い約束の仕方やねん。人間でやれば、人心が鬼畜でビミョーな者か、あるいは酷く自己中で子供っぽいと出ると思われる。

見る前から「見ないで」と言う心には愛が無くて、既に見ている真っ最中に「見ないで」と言う心には愛があるのよ。昨日読んだ大人シーンを見てしみじみ思った。どんなシーンでしょうね(笑)。
現実に手遅れになっていることをなんとか手遅れにするまいともがく、そこに人の心があるんだよー。たとえ見てようが「見てない!」と言わねばならんのかも。信ぜよ、さらば救われん、だ。


タイプ別性格判断というのがありましたよ。
思わず口を押さえて「うわあー」と笑ってしまったので、是が否にもやってもらいたいと人様に電話しましたよ。
妙に長い質問の後で十六に分類されるこれの何がおかしいって、解説?のところにある、対立するタイプ間におけるコミュニケーションのズレの典型例だ。たとえ自分の分類に「そんなところ無い」等と不満に思うとしても、このコミュニケーションのズレに関しては、「確かに、こういうズレは人間で生きていたらものすごくよく見かける!(経験する)」と笑いが止まらない。ギャグかこれはと笑える。

で、いつものようにこういう事に素直に付き合ってくれる某Gさんですが、「見ているだけで口は出さない(ISFP型)」になったそうですよ。完璧!

「つねに傍観者であろうとするが、他人に対する愛情や感じやすい心が無いわけでもなく、人生を楽しむ気持ちが無いわけでもない」
完璧だ!まるでGの人生を見てきたかのよう!

ほんとう爆笑しますよ。その「無いわけでもない」という微妙な言い回しが、寸分の狂いも無くド真ん中を射抜いています。これが「他人に対する愛情と感じやすい心を持ち、人生を楽しむ」と書いてあったら、「えー?そうかなー?」と思う。しかし「無いわけでもない」と書かれたら、「全くその通り!」と思う。

大体私も常には好き勝手な事ばかり言ってるが、この「感じやすい心が無いわけでもない」為に時々は気をつけないといけないのよ。「凄く感じやすくて、いつ何にどう傷つくか分かったもんじゃないので、この人と喋っていると神経をすり減らして気疲れする」という事は無いが、私も気を抜きすぎ、「人を不快にする悪趣味なユーモアの持ち主」であるにも関わらず調子に乗りすぎて機嫌よく喋ってると、いつの間にか「あれ?どーしたのかな?」ヘコんでたりするのよ。
スリル。
かといって正義感溢れて人に干渉するところはないので、私が慌てて話題を変えるとモヨモヨしながらも黙って付き合ってくれ(相手に対して自分の考えや気持ちを言おうとしないので)、そのうちいつの間にか誤魔化されてヘコみが直っており、私が密かに「フウ、なんとか友情を持ちこたえたようだ」と額の汗を拭っているのに気づかないねんな。

どう?私だって人に気を使ってるのよ。

うん、私はよく絶好調で機嫌よく喋ってると相手をヘコませるねん。あと冗談を言ったらシバシバ激怒させ、あるいはその場は流されても人品を疑われる。これはおそらく親父さんも一緒だと思う。
数年前も晴天の正月の朝一言目から
「あけましておめでとう!世界のどこぞで戦争で人殺しが行われてるとは思えない、良い天気だなあ!」
だったもの。あれは気分がすごく良くて、楽しいジョークのつもりだったんだよ。私にはわかる。同じユーモア感覚の持ち主だから。だから私達は社会人として、怒った時に自制するだけでなく、気分が良くて楽しい時もおいそれとは気を抜けず、常時自制しないと、何をどう誤解(←?)され、どんなに叩かれるかわかったものではない。とても不便だ。いや、いっそ端から誤解?されっぱなしの方が、「本当はこんな人間なんだ」とギョっとされずに済んで気楽で良い…などと後ろ向きに思う。
長く付き合えるのは、たぶん私の思わず口を滑らす至らない悪趣味な冗談を、常識的に「それはどうか」と思いながらも「思わず」笑ってしまう余裕のあるタイプの人なんだよ。私が口走った要らぬ事を本気にして喜ぶ相手は私が大嫌いやねんな(わがまま)。

そんな私は「問題を解決したがるINTP型」でした。
問題を解決したがっているつもりはないが、そりゃもし解決できるならしたいものだろう。完璧な問題解決を求め、とっくの昔にすっかりうんざりしてるのよ。
人様も読んでウケてましたが、きっと私の同人人生を見て笑ったのではないかと思いますよ。
「このタイプは女性の場合に葛藤を生む」だとか「少なくとも三つの問題が生じる」だとか、いい加減にして欲しいですよ。少なくとも三つって、多くなるといくつになるのかしら。どきどきするわ。
「そうした面は、女性だと鈍感とか、時には頭が鈍いというレッテルをはられてしまう」って、頭は鈍いんだけどさ、うん。高校の時に、ある日、それほど親しくなかった順位一桁内のごっさ頭の良い人間がやってきて「矢口さん、頭が良かったんだね…」と言い、とっても真ん中だった私は意味がわからなかったんだけど、それはつまり、やはり「凄まじく頭が悪い(成績が悪い)と思っていたのに、それほどでもなかった事に驚いた」ってことなんだろうか。実はそうじゃないかと思ってたんだけど。

この判断の楽しいところは、タイプの説明欄で、異なるタイプ間のすれ違いについて述べられているところだ。

<E型とI型はどこでぶつかるか>なんてめっさ納得。そうなんだよ。とりわけ我慢できないのよ。数時間二人以上でいると、断固として、たとえ全てを失っても一人になりたくなる。頼むから勝手に戻ってくるまで放っておいて欲しいと歯軋りする。「どうしたの?」「何してるの?」「何考えてるの?」と寄って来られると、首枷を嵌められて柵に繋がれ、全身を鎖で雁字搦めにされ、ナメクジか何かおぞましい虫に這われているような気がして耐え難い。

S型とN型の<ものごとの対処の仕方が違う相手とうまくつきあうには>における会話例に、S型のお姐さんもN型の私も笑う。
S型のお姐さんは「なんで時間を聞いてるのに答えないのよ」と笑う。
N型の私は「問題は時間自体ではないじゃろ。なんでそこまで時間に拘るのよ」と笑う。
でも私はもうちょっとマシ。時間を聞かれたら時間ぐらい言うわよ。ただ「今何時?」と聞かれたら何故時間を聞くのか考える。「だいたい○時ですよ(好きな言葉は「大体」「およそ」「ざっと」「たぶん」のN型)」と答えた後でも(十中八九は答えながら時計の面盤自体を見せる)、何故時間を聞いたのか、人と待ち合わせがあるのだろうかとか、乗る予定のバスでもあるのだろうかとか、早く立ち去りたくてキッカケを求めているのだろうかとか、考えてる。

さてすれ違うお姐さんと私だが、これは微妙だなと思う私のT型。人の意見に流されると答えたはずなのに、何故かT型にされていた。
お姐さんはF型。
「情にもろいとか人情家とか協調とか好意的とか、なんか良い事が書いてあるわ☆」
うきうき嬉しそうだ。不本意にもT型にされた私の前で腹立たしいことだよ。私だって人の心の痛みをおもんぱかろうと他にふりわける気力を根こそぎ失うほどに全力で相手を分析し(N型:客観的)、本当に正しい事は何かを擲ってでもとにかく好意的に解釈しようと努力してるし(N型:正義派。批判的)、「人としてどうか。自分の思うところや感情を相手に拒絶されないがために偽るなど誠意が欠けているのでは?私は嘘つきだ。人を騙してる」という嘔吐ももよおす程の強烈な罪悪感と戦いながら(N型:白黒つけたがる)、同調したり同情してるふりも辞さないでいるというのに(N型:自分の方針を曲げない)。
……………確かにどっちかというとT型よりかもしれん気がしてきた…………。努力がどちらの方向に向かっているのか(どちらの方向に努力が必要なのか)を鑑みると。

その<決断の仕方が違う相手とうまく付き合うには>
大事なところだわ。お姐さんと私が上手く付き合うには、どうすればいいのかしら?
十代の娘が車を使いたいと言った時の父親と母親の決断をくだすまでの道筋。
「なんでこんなに堅苦しく考えるのかしら。大変よ、毎度こんな考え方してたら。私には無理よ」とF型のお姐さんはN型を笑う。
「娘に車を使わせるかどうかの話をしてるのに、なんで自分の話になってるねん。おまえと娘は違う人間だろうが」とT型にされた私はF型の思考に大ウケ。特に「わたしが十代だった頃を思い出すわ」といきなり自分の気持ちに突入するのに、「おねーさん、こんな感じだよ!本当だ!」とバカウケ。
本人が言うには「きっとそうよ」が自分っぽいそうな。
そうね。某姐さんはあんま自分の思ったことは言わないけど、頭の中では「きっとそうよ」を連発して独断で突き進んでいるのだろうというのは察せられるのよ。もしくはもう少しマイルドに「そうなんじゃないの」を連発だ。ただ結構高確率で当ってるもようなのよな。
T型にされた私は、「親として(例:人として。社会人として。女として)」とか「私に求めている役割ではない」とか「私の計算ではここはリスクよりも」とか妙に心当たりのある言い回しが…。

でもここの「両方とも心配し、考え、感じているのだが」の一行にじーんと来た。つまり誰だか知らないがこの人は、このT型も「心配し、感じている」のだと認めてくれてるんだわね。そんなあなたが言うのなら、私T型にされても文句なんか言わない。
「自分はただルールにしたがい、条件を当てはめて回答を導いているだけなのではないか?私は本当に心から心配しているのだろうか。通常なら当然心配するべき事だから心配しているに過ぎないのではないか?私は本当に愛しているのだろうか。本当に愛しているのなら、できるはずのない決断ではないのか?できるはずのない決断ができるのは心が無いからなのでは?私は…、私は…」と毎度毎度めっさ悩んで生きてるんだもの。一年の半分以上をこの系列で悩んでいるといっても過言ではない。

オカンは絶対F型だよ。心当たりがありすぎる。
「T型の娘はそうした役割に向いてないだけでなく、そんな気配りなどとてもできない。なお悪い事に、自分は女らしくないと思い始めるだけでなく、母親がたえず他の女の子と同じでないといって押し付ける罪の意識とたたかう。」
まさに戦い続けた。そこは戦場だった。たった一人で世界と戦っているかのようだった。右を見ても左を見ても敵ばかり。
タイトル思い出せないけど古い歌の歌詞のような。
♪いつも愛は心躓き膝を落とす僕を打ち続けた♪みたいな。
思春期の終わりかけは、なんかの漫画に出てきた月の悪魔みたいな気持ちだったわね。
「たぶん、僕はただ、なりたかったんだ。あんたに愛されて、あんたを愛せる人間に。さよなら、デューアンさん」みたいな。誰デューアンさん。

そんで私も無傷ではおられんかったのよ。母親や世間が自分に求める、とてもできない「そんな気配り」を獲得し、「他の女の子と同じであろう」とする事に全てを捨てて全力を傾けたねん。「全力でその程度か」と笑われたら返す言葉も無いんだが。しかし微笑のタイミングもずれていた中学一年から、二年の終わりまでにはほぼ完全に一致するまでになっていたのよ。自分で言ってんじゃないのよ。人が言ってくれたのよ。「強張っている上に遅れていたタイミングが自然な感じになった」と。偉いだろうが。実は天才じゃないかと思う。…お世辞だろうか。
それにしちゃ結婚も焦らないし、一人でポヨポヨしてるじゃないかと思われるかもしれないが、だから最後は「僕はただなりたかったんだ。さようなら、デューアンさん」になったのよ。

さてそんな私が問題を解決するには、「感情を正直に表しても許してあげる」
アイター。おまえほんまに鋭いな。
「たとえ自分は感情をおもてに表せなくても、他の人には自由にそうさせてやるべきだ」
…わかってるわよ。だってムカつくんだもん。だって気持ち悪いんだもん。なんで他の人は正直に表してもよくて私は駄目なんだよと腹が立つだろう。おまえが許されるなら俺も許されるはずじゃないかといきりたつ。
また月の悪魔の気持ちに。心臓を撃ち抜いたはずなのに倒れなかった事を化け物と罵られた時に。
「僕の肋骨は26本、心臓は右にある。頼みもしないのに、神様が勝手に僕をこう作ったんだ」
確かこんな言ってた。ひどいよ神様ってズキズキしたわ。


ちなみにF型には「率直に反論せよ」とある。
私「ほら、だからお姐さんはもっと喋らなきゃ駄目っていつも言ってるでしょ」
G「ほら、その押し付けがいけないのよ」
私「ああ、そうか!すみません。気をつけるわ」
…うーん、でもなんか良いようにあしらわれている気がするわ。何故かお姐さんの意向ばかりが私の方には通って、「人に干渉してはいけない」「人に指図してはいけない」を盾に私の意向はお姐さんの方に全く通っていないかのような。妙だなあ。


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