非日記
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「(音信不通なので)何やってるのかと思った」と言われ。 元気に生きてましたとも。あ、そういえば生きてるらしいよ。
最近変わったことと言えば、私はぷにっとしてきた。ぷに。ブニでも良い。 平たく言えば肥えた。また、肥えた。また! 「太って見えないから大丈夫」と人は言うが、見えるか見えないかは問題じゃない。衣服の締め付け具合で感じるんだ。「若い人は直ぐ太った太ったダイエットって気にするわね」と人は言うが、太ったら服を買い換えなければならないのよ?それは経済的不安の少ない共働きの中年にはわからない。私は結婚の合理性は経済にあると思っているのよ。
例えば私は将来を見通し、一人で二人の老人を介護する可能性を考えると、「介護疲れで親や伴侶を殺害したという事情はとても他人事ではない。私なんか介護が必要な親を二人とも放逐して一人楽になろうと首を括りそうだ(他殺なら二人殺さねばならないが、自殺なら一人殺せば済むので比較すれば合理的)」と憂い、そういう時に結婚の二文字が過ぎるんだが、冷静により現実的になれば、しかし仮にそうして結婚したとして、おそらく夫となる男性は同じく私が彼の両親を介護することを期待するであろう、すなわち結婚した場合に私は「一人で二人を介護しなければならない」から「一人で四人を介護しなければならない」という究極の状況に追い込まれる可能性も同じようにあると思われるのだ。 別に私が無理に介護する必要も無いんだが(できなければできないし、ヤル気がなければやらないだろうが、万が一ヤル気が出たりしたら困る。)、少なくとも自分が楽をしようというつもりで結婚を考えるなら、相手もそのつもりかもしれない事は(例:「僕が苦労して外で稼ぐからアルツハイマーの両親の介護は一手に引き受けておくれ」)わきまえておかねばならないだろうと思う。天涯孤独や兄弟の多いのを見繕ったとして、後々どうなるかはわかったものではない。 少なくとも、初めから楽をしようなんてつもりで重要な選択したらろくな事になりそうにない。それぐらいなら「私は老いた両親は富士の樹海に捨てて自分は老後を刑務所で過ごすつもりである」ぐらいの覚悟をしといた方がまだしも現実的だ。
だいたい私の美意識と現実観察において、結婚というのは、そのように計算づくで行うものではないんだ。お友達がお友達の結婚に「なんであの男と結婚するんじゃあ。どこが良いんじゃあ」と全く理解不能な様子だったが、「私達にはわからないどこか素晴らしいところがあるんだよ」とありがちな応答をしつつ、私が思うには元来結婚というものは「理解」するものではないんだよ。大体よく考えてみなさいよ。もし結婚相手のよさがその嫁さんの如くわかったらよ?素直な祝福はできると思うか?「その横に立っているのは私であるべき」と思うだろう。その瞬間から「昨日の友は今日の敵」だ。友達の夫のよさが全く理解できないというのは、神に祝福された理想的で素晴らしい事なんだよ。私は力んで訴えるよ。 友達や知人の男の趣味が理解できないからといって困ることは何も無い。強いて言えば愚痴が鬱陶しいだけだ。
「矢口さん、浴衣を貸してあげますから、いっしょに夏祭りに行きましょうよ!」 「えー?あなたと私で?ちょっといやだなー」 「どうしてですか!私は出会いが欲しいんです!」 「一人で行けば良いじゃないですか。あなたよく人に絡まれるンでしょ?私も絡まれるんですよ。二人で倍率2倍ですよ。おぞましい。大体、出会いを求めるのはいいですが、元彼との関係を清算してからにしたらどうなんですか」 「だって寂しいんだもーん」 「めっちゃ寂しくなった方が何としても彼氏を捕まえるぞという必死さが原動力になって良いんじゃないですか。中途半端な関係を維持したままだからアソコが嫌だココが嫌だと本気にならないんですよ。そんな事では捕まるものも捕まりませんよ」 「だってきっぱり別れてしまったら寂しすぎるじゃないですか」 「さみしすぎる!ケー!」 ↑このように鬱陶しい。
今私は洋物映画で富豪のオバサンがしばしば肥えてる理由がわかる。つまり彼女は「食うものに不自由してない」だけでなく、なおかつ「着るものにも不自由してない」事を全身で表現しているんだ。
さて、私は大人しくしている間も真面目にお仕事をしていました。問題は業務自体というよりも職場の人間関係かもしれない。要するに働いている人人の各々の価値観や意識が違うのが問題なんだが。 ここ半月は特に私の担当エリアや隣接エリアが諸問題の渦の中央になっていて(発生源は隣接エリアだが)、私も関係者として引っ張り出されて終業後も居残って上司への訴えや交渉などをさせられてたのだ。
無関係な人間「いい加減にはできないのね」
それは私ではない。私はいい加減にしても別にいいんだけど(会社としてはいかんのではと思うが、会社の姿勢というのは偉い人が考えるべき事だと思います。偉い人に「いい加減にせよ」と命じられたら、上意下達で素直にいい加減にするが正当と思いますよ)、いい加減にできない人人から「どうしてヤツはいい加減にするのか。きちんとするように言ったらどうなの」と何故か私が責められるのが鬱陶しくて嫌なんだ。女の方が多いが、おばはんというのは姦しくっていけません。 「そこはアンタとアッチの問題だろう!なんで私が仲介せねばならんのじゃ!アナタが直接自分で言うべきだろうが!」とぶち切れたら、いつのまにか渦の中央付近にいたわけです。 ありー? ちなみにそっちの問題はけりをつけた。 人「どうしてそんな条件になったの!あなたそれで良いの!?」 私「向こうは何も言って無いよ。良いのです。それは私が自分で言い出したの」 人「なんで!?」 私「あんた達がキッチリしろとうだうだ煩いからジャあー!これ以上無くキッチリしてやったのよ!」 実際に問題が起きれば、このシステム自体か、もしくは指揮系統に問題があると判明するだろう。私達が現場の最下部で個人的に鋭意努力して帳尻を合わせている以上は、問題はそこで隠蔽されてしまうんだ。もっと上に動いてもらうためには問題の存在と所在を白日の下に晒さないとな。私は叔父さんみたいに一番下っ端でありながらトップに相手を批判する長文レポートを送りつけて閑職に飛ばされるなんて覇気のある事はできない小心者なんだ。
そこは勝手にけりをつけたんだが、相変わらず随所で小競り合いが続く。 常に怒りと不満に満ち、人も争う事を楽しみにしている同僚が(注:人品に問題があるわけではありません。つまり人が影で文句を言いながら表立っては理不尽を甘受しており、自分だけが文句を言って上司との折り合いが悪くなるという更に理不尽な状況に不満がある。つまりキチンとした真面目な人なのだ)又聞きに教えてくれたところによれば、こんな楽しい言い合いもあったらしい(↓)。
上「そういう事は察してもらわなければ困りますッ!」 下「私は超能力者じゃないので察せませんッ!」 ♪戦うーたーめー生まれたー♪(初代とらんすふぉーまーのEDテーマをバックミュージックに)
さすがだー(笑)。 普通に考えて、一度掲示したシフトを開始して暫くしてから黙って変更しておいて、「見ててもらわないと困る」と文句を言うのは一方的すぎてどうかしらんと思うよ。まちがいなくまわるようにと考えるなら、「変更した箇所があるから気をつけて」と声ぐらいかけるべきだろうと思うよ。大体以前にも同じ人から「勝手に黙って変更されてても気づかない」と言われていたはずなのに。 いや、本当はわかっています。 一番上に「伝えてあるから大丈夫」と言われた人が「こういう事らしいですが聞きましたか?」と確認したら「私はそんな事聞いてない」となり、「伝えてあると言われた」「そんな事を言われても聞いてない」と末端で言い争いになり、聞いて無いといわれた方が「伝えたから大丈夫だと言われたのに、聞いてないそうです。いいかげんな事を言わないでください」と一番上に訴えたせいで、一番上から上が「連絡がなされてないと文句を言われたぞ」と怒られたんだろうよ。怒られた上が「私はちゃんとしたのに!」と腹を立てて、それで上記のように「察しろ!」「連絡しろ!」になった。 『変更することが頻繁にあるので毎日気をつけてみていてください』とでも言うならまだしも、『(滅多に無い変更を、しかし今日はあったであろうと)察しろ』とは何事かと思うが、しかし私には「超能力者じゃありませんから」なんて皮肉でユーモアがある機転の利いた言い回しはとてもできないわ。さすがだ。
先日は父の日だった。 私は人様からいただいた現在在住している地域で使用できない商品券を贈りつけて「これで好きなものを買うがよろし」とかましたろうかと思ったのだが(親父が「結婚祝いに一番喜ばれるのは現金だ」と正しいことばかり言って面白くないので)、その商品券を手放してしまうといつか復讐するつもりだった事を忘れてしまいそうなので(いつか何かの祝いに贈り返すつもり)、やめておく。
私「今日は父の日らしいが、何も送ってないからね」 父「いいよいいよ。皆が健康に暮らしているのが一番のプレゼントです☆」 私「あら、随分殊勝な事を言うじゃないの」 父「うっふふふふ」 先月の母の日も何も送ってないからな。
よく考えてみたら、先ごろ旅行した際の土産に夫婦茶碗を送りつけていたのだった。父の日と母の日はアレで良いのではなかろうか? しかし件の茶碗は届いた途端に電話がかかってきて、「何故私の方が小さいのか?」と母親から文句が来たのだった。それは私の故意に表現したことではなく、単なる夫婦茶碗の仕様です。ちなみに私が夫婦茶碗にしたのは、同じサイズを二つ購入するより僅かに安かった上に、最初からセットの箱入りで送りやすそうだったからだ。 夫婦茶碗を製作している会社に、以後の先進的な商業展開のため「妻の茶碗の方が夫の茶碗より小さいのは日本の常識に残る男尊女卑である」と通報したろうかと思った。ちなみにその前の旅行で土産に何とか織りでできた巾着とハンカチを送ったら(私は巾着が母用でハンカチが父用のつもりだった)、「僕の分は何故無いのか?」と親父から文句が来たのだった。 父親と母親というモノは権力を巡って常に争い、貢物のレベルは選挙結果のようなものなのだ。
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