非日記
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また某新聞の○い欄を見ていたら、此間は四月生まれに「いずれがあやめ、かきつばた」とあり、三月生まれには「何という楽しい日か」等とあった。 一体今度は何をどう書いてるだろうかと思うと、だんだん見るのが楽しくなってくる。この○い欄を担当してるエライ先生は、思うに結構好きだろ。この仕事が。それとも実は凄く投げやりなのかしらん。
今度ばんだいから、ごーるどらいたんの超合金が発売されるらしい。 放送は二十五年前だってよ。そんな昔だっけ?いや、そんな昔かも。 好きでした(告白)覚えてないけど。 ごーるどらいたんは喋るんだよ!ライターだから普段はちっさいんだよ!可愛いんだよ! そう、それで「うわーごーるどらいたんはかわえーなー欲しーなー手乗りらいたーん」と思っていたような気がする。私が子供心に欲しかったものといえば、後はおーがすの触角?か。
いつの間にか梅雨になり、じめじめじとじとしてきたな。 いや、まだ梅雨ではないらしんだけど。
庭には白い芍薬が咲いている。 人が芍薬を買ってきたのだが、見ればどうも私の好きな芍薬じゃない。ちょい調べてみたら、芍薬と言っても花の形に何種類もあるようだ。私が好きなのは、本当に牡丹のように花びらが何十にも開くやつで、開ききるやつも好きだが、最後までまるっこい形のまま開ききらないやつが一等好きなんだ。色は絶対に白が良い。 真っ白で、花びらの先に紅をつけたように、ちょんちょんと赤が入ってるのが一番良いね。私は好きだ。
芍薬と牡丹の違いは、同じ属でも芍薬は草だが、牡丹は樹木なんだそうだ。…しかし昔何かの本で見たところでは、木か草かの違いは結構微妙だった気がする。木と草の違いはなんだ。確か太さでも高さでもないんだよな。
色々調べてみたら、何故牡丹に比べれば背の低い芍薬が「立てば」になり、牡丹が「座れば」なのかが書いてあった。くそう、昔の人が考えることは単純な私にはひねりが利いていて難しい。
牡丹を植えていたら、そのうち勝手に植えてもいない芍薬が生えてきたという話があったので、牡丹と芍薬を育てているお客さんに話を聞いたところ、観賞用に売ってる牡丹は大抵、根っこは芍薬の接木なんだそうだ。 ネットで調べてみたら、芍薬の接ぎ木は昭和三十年頃に開発され、この百花の王の大量生産を可能にしたらしい。「あまり売ってませんよね」と言ったら、ン十年前に中国地方から行商のおばさんが籠に株を入れて売りに来て、「何株でいくら」みたいな形で売ってたのを買ったそうだ。
ネットで出たところでは、どうやら島根が牡丹の生産日本一で、大量生産が可能になってから農家の主婦が全国に牡丹の行商に出るようになったらしい。お客さんが買ったという牡丹売りも、その牡丹行商大フィーバー中の島根の農家の一主婦だったかもしれないよな。
…こういうの可笑しい。 昔昔の話を人から直接聞いて、本やらで今では資料になっているような過去との関連を発見すると、なんか楽しい。
そういえば、確か小学か中学の頃に社会科で「オイルショック時には店頭からトイレットペーパーが無くなるほどだった」という話が出、教科書にもトイレットペーパーを買いあさる主婦達の写真が載っていたので、興奮して家に帰って「オイルショックどうだったッ!?すごかったの!?どれだけ買ったのトイレットペーパーを!」と親に聞いたことがある。 答えは 「オイルショックって何?」 それがショックだった。 おまッ、おまえそんなっ、こんなッ、こんな教科書に載るような大事件を!その真っ只中で主婦(主夫)でおりながら世の中の何を見とったんじゃ!
…そうね、田舎では新聞紙揉んでトイレットペーパー代わりにしていて、「用を足しながら次の人のタメに次の人用の新聞紙を揉んであげるのがマナー。新聞紙がない時は草の葉っぱを溜めておく」というような人間達に、「トイレットペーパーが無くなったらどうしよう!」の衝撃を期待した私の方が世の中をわかっておらず、浅はかで愚かだったわ。きっと教科書に載っていた写真は大都会のスーパーだったんだろう。
きっとアレね、私等の世代の子供の教科書には、現代史部分で拉致問題とかライブドア事件とか靖国問題が載ってるんだよ。韓流も出るかな。
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