非日記
DiaryINDEXpastwill


2005年04月09日(土) ねむい。

マナーの本やネットで調べると、結婚式でサンダルはイケマセンという噂です。
ところが、靴屋さんで、結婚式でドレスに合せる靴をと言うと、店員さんはサンダルばっかり出してきました。「今はサンダルですか?」と問うと、「若い方は大体そうですね。私もサンダルで行きますし」というお話。
本来は「モード」等という言葉を持っているファッション関係者に「マナー」なんか頼るべきところではありませんが、「皆そう」という御言葉によすががありますよ。
ついでに、先頃電話した際に、
私「だって冠婚葬祭のマナーを調べてたら、ムズカシイ事が〜」
人「あんなのは昭和のマナーよ」
という御言葉が脳を過ぎります。主催者がそう言うのなら…。
冠婚葬祭の正式なマナーでいったら、昼間の結婚式なのに私の持ってるドレスは夜用っぽいので、服から既に間違ってるのだ。

さらに、身長があって足がそれなりに大きいので、種類も無い。一つしか。「他のお店もまわってみたら」と親切に言ってくれましたが、私はもう疲れていたのです。さっさと家に帰りたかったのです。
そこで自棄になって決断しました。
私「ストッキング履いて素足でさえなければ、サンダルもありという事ですね!?現代の若人は!」
人「ハイそうです!」
私「では、それをください」
人「員ですか。他所のお店にも行ってみた方が…」
私「いえ、もうどこにもないです。これにします」
周辺の靴屋は既に一通り回っていたし、翌日も朝早いしで、気分はすっかり「どうでも良いよ。なんでも良いから履いてりゃ良いんだよ」の領域に片足はいっていたのですよ。

裾も結構長いから、そんなに足までは見ない「ハズ」だ。いざとなったら、「私のささやかなマナー違反よりも、そんな事を目を皿のようにしてチェックする貴様の心根がマナー違反だ」で押し切ろう。知り合いが多いという話だから、皆に「足は見るな」と言っておこう。よく考えてみなさいよ。着物なんか着たら、足袋にサンダルみたいなものじゃないか。あれは形態的にサンダルの親戚だろ。
どんなに派手でもいっそサンダルの方が、朝ゴミを捨てる時とか、風呂やトイレに行く時とか、トイレ掃除する時なんかでも履けるから、普通のヒールよりはまだ履きようがある。

そして電話する。
私「というわけで、結婚式用の靴を買いました。サンダルになってしまいました」
人「えー」
私「本当はサンダルはいかんと言うだろう?」
人「そうよそうよ」
私「だから私の足元は見ないようにしてちょうだい」
指摘されるより先に告白しておいた方が良い。指摘されると「いくら私だってそれぐらい調べたし考えたんだ!」と、ムカつくから。さらに猫かぶりの私なので、下手をしたら「えーそうだったのー?知らなかったわん。うふふ恥かしいわね(微笑)」と軽く言いながら、腹の中ではハラワタが煮え繰り返る思いをしている確率が高いですからね。


さて>
今日も「社会人として化粧をしなければマナー違反だ」と言われました。勿論私もよく知っております。
私「私は荒れるんですがね」
人「私もですよー。すごい事になるんですよ」
私「なりますよね。しかしせろと言いますよ」

しかし、化粧をしたら顔がボロボロになり、ボコボコに腫れ上がって膿がブチュブチュ出る事がわかってるような人間にでも、「マナー違反です」と無理にでも化粧をさせるのが、社会人としてのマナーですからね!不細工でも下手くそでもなんでも、化粧さえしていれば良いのです。たいした顔でもない人間が、汚らしくベタベタ化粧をしてキレイになったようなつもりで、いい気になって恥かしげもなく公道を歩いてるじゃないですか。「私は小奇麗にしようと努力はしているのです。世間に求められるものに盲目的に従う賢さがあります」という態度と姿勢を表現し、維持することが重要なのですよ。実際に奇麗に見えるか汚く見えるかは重要ではないのです。
たとえ不細工な面に汚い化粧をしていても、してさえいえれば文句は言われませんからね。とにかくそこが重要なのですよ。勿論です。
(注:さりげなく腹を立てています)

…う、自分でも気がついてるんだが、ちょっとムカっと来て、しかも疲れていたり忙しくて苛々していたり眠かったりで抑制があやうくなっていると、「そういう言い方しなくても(そこまでは言ってないのに)」という、言い方をすることがあるのよな。
特に慣れ親しんだ緊張感のない友達や家族を相手にしていたりすると、「素が出ても許されるよな」という、気持ちに甘えというか、緩みが。


昨晩も親が電話してきて、細かいことにああしろこうしろと煩いので、
「もしもし、あのね、あなたがね、煩いのです」
と言って電話を代わらせ、さらに代わって出てきた方が
「はやく寝ないと云々」
と何度も何度も何度もいうので、眠くてさりげなく機嫌が悪く、すぐ寝たくてさりげなく苛ついていた私はつい口が滑って
「そうね。あなた方がそういう事を繰り返し言ってないで、今直ぐに電話を切ってくれれば、私も言われる通り直ぐに寝れるわけなんだけどね」
と言ってしまう。
「ああ、そう!」とムッとして電話を切られた瞬間に、「…しまった。またやっちまったよ、私は」ですよ。夢枕に立ったS光が、眠い脳でも過ぎり、「すまん。やっぱ私には無理。私にはおまえの可愛らしさがない」と思います。

あのね、ありがたいとは思ってます。しかし毎朝五時六時起きで疲れていると、眠いわけです。私は眠いと大変機嫌が悪くなるのです。特に肉親や親しい友人に対しては、思った事が口から出、感情が抑制できずに漏れ漏れしてしまうのです。
これが職場なんかだったら、根性で堪える、口には出さないだけの常識があるんだが。

いかん。これでは私が隠し持っている親愛の情や感謝が全然伝わらんね。煩わしさしか伝わらんよ。限りある命の生物である我々の間に残された時間は、常にそう多くはないというのに。
たとえ家族であり親子であっても、私達は人生の途上で出会い、束の間すれ違い、どのみちいずれ別れ、二度と会わない運命だ。しかし私は、永遠でないなら虚しいと思うようなら、とっくの昔に死んでるよ。
だいたい親父さんは私を「義理堅い」と言うが、私は義理で親子であり続けるほどマメな人間じゃないんだよ。私はもっと自己中心的で利己的な理由でしか動かないし、「死後は云々」言うほど、とらぬ狸の皮算用ができるような算数の成績ではなかった。私は時間の計算だって、アナログ式の時計が目の前になければできないんだ。「イチ・ニ・サン・タクサン」な人間だから。

「ぎょめんね。違うにょよ?」という意味で絵手紙でも描くか。幸いにして黄色い薔薇がある(椿が落ちたので買ってきて挿してみた。210円で一番安かった)。たぶんあんま伝わらんと思うが。


私としては軽いジョークの気分でシラっと書いたり抜かしてしまうが、どうも冗談だと受け取ってもらえないことがある。自分で読んでもまさに「なんてやつだ」という感じだ。人間性を疑うね。客観的に鑑みて自分でも「あんまりだ」と思う事がある。
なんだってこういう類の言葉と態度ならベラベラでるんだろうね。いやになっちゃう。
いえ、弁解はしませんとも。だから生きてこられたとも言える。


やぐちまさき |MAIL